旬のお魚かわら版

No.88 カタクチイワシ

2024.04.30

旬のお魚かわら版 No.88(2024年4月30日)


 今回はイワシ類の中ではマイワシに次いで知名度が高い「カタクチイワシ」です。

 分類上ではニシン目カタクチイワシ科に属しますが、同じイワシ類のマイワシとウルメイワシはニシン目ニシン科です。

 カタクチは別名で「背黒イワシ」と呼ばれています。読んで字のごとく背の色が青黒いからですが、それは青魚の特徴の一つでもあります。

 何故背中が青黒いのか?それは、表層を回遊する魚にとって空から獲物を探す海鳥は天敵ですから、背中を海面の青さに同化させ上空から目立たなくさせるという身を守る術を長い進化の過程で獲得してきたのだと見られています。

 カタクチイワシの口は下の写真のとおり上顎(うわあご)の方が下顎(したあご)より長く、片口いわしという名前の由来となっています。

カタクチイワシ
カタクチイワシ
出典:生鮮の素+さかなや魚介類図鑑(無断転載不可)

 カタクチイワシの分布については北海道から九州沿岸域の表層に生息していますが、一部は沖合域でも見られます。また、中国、韓国、ロシア沿岸から沖合にかけても生息しています。

 このように沿岸の何処にでも生息している割には、成魚では生鮮魚としてあまり利用されないため単価が低く、他の食用魚と比べて地味な印象があります。

 一方で、稚魚(シラス)の段階では全てが食用として利用されますので成魚と比べて単価が高くなります。

 寿命はわずか2年程度ですから、生まれてからの成長が速く、漁師も獲る時期を逸すると大変な損失になるので気が気ではありません。

 前述のとおり成魚は鮮魚として直接食用になることは少ないですが、鮮度の良いものは地方により刺身で愛好される他、煮たり焼いたり、揚げたりとさまざまに味わえると同時に、春と秋に漁期がある「生シラス」や「釜揚げ」も季節感を漂わせます。加工品でも、煮干しや素干し(田作り・ごまめ)、目刺しや味醂干しなどがあり、食卓の影の功労者として昔から利用されています。

 また、初ガツオのシーズンとなりましたが、カツオ一本釣り漁船では活きたカタクチを漁船に積み込み、まき餌として使います。そのため、カツオ1本釣りの水揚げ地などの漁港の近くには餌になるカタクチイワシを漁獲する定置網や、それらを出荷するまで活かしておく海中生け簀がある場合が多いのです。

カタクチイワシ生産量
出典:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」

 さて、上のグラフは日本のカタクチイワシの漁業生産量の推移です。2000年前後は40万~50万トン台と豊漁でしたが、以降は減少を続け、近年では10万トン台と低迷しています。

 漁業の世界では昔から、カタクチイワシが豊漁の年はマイワシが不漁で、逆にカタクチイワシが不漁の年はマイワシが豊漁だとよく言われてきました。そこで、日本での両者の漁獲量の推移を比較したものが下のグラフです。

イワシ生産比較
出典:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」

 このグラフのとおり特にマイワシは周期的に資源量が大きく増減することが知られており、日本では1980年代に非常に多くの漁獲がありました。そのピークは1988年でマイワシだけで450万トンもあり、また他の漁業も盛んであったので漁獲量全体では1200万トンにも上り、当時の日本は世界一の漁業生産国でした。しかしその後マイワシ漁獲量は急激に減少し、一方でカタクチイワシの漁獲量が増加したため、両者の立場が逆転する年がしばらく続きましたが、2013年頃から再びマイワシの漁獲量が増えだしカタクチイワシを上回っています。

 詳しいメカニズムはまだ解明し切れていないようですが、地球レベルで海洋環境や気象状況が周期的に変化することがマイワシやカタクチイワシの生育環境にも影響し、それぞれの資源量の増減をもたらすのではないかと見られています。

 なお、両者とも食用以外に、魚類養殖や畜産の飼料原料となる魚粉(フィッシュミール)の原料魚としても大変重要なのですが、昔から船(大中型まき網船)の立場からすれば、魚価の高いマイワシをまず狙い、カタクチはその次のポジションにあるので、カタクチの魚影を発見しても漁獲しないこともあると言われていました。

カタクチイワシ市場取扱
出典:「東京都中央卸売市場・市場年報」

 上のグラフは東京都中央卸売市場における煮干し加工したカタクチイワシ(以下、煮干し)と生鮮カタクチイワシの年別取扱数量と平均価格の推移です。

 まず生鮮カタクチイワシですが、前述のとおり2010年頃まではマイワシよりも漁獲量が多かったこともあって同市場での取扱数量も比較的多かったのですが、この10年間程は年間ベースでもほんの僅かの数量に減っています。

 通常、生鮮需要の多い魚は取扱量が減少すると価格もそれに伴い上昇するものですが、カタクチイワシの場合は数量の大幅減の割には大きな上昇はしていません。取扱量が多かった時代はキロ100円台でしたが、近年でもキロ200~300円台ですので、現在、東京市場に入荷する鮮魚のなかでは最も低ランクのポジションにあると言えます。

 一方、煮干しイワシも漁獲量の減少を反映して取扱数量も減少傾向にありますが、それでも生鮮カタクチイワシに比べると取扱量ははるかに多く、高い需要のあることがうかがえます。そのため、近年では価格が急上昇しており、生鮮カタクチイワシの価格との開きが拡大しています。

 煮干しは伝統的に味噌汁などの出汁用として重宝され昭和年代の朝食の定番食材でしたが、ここ数十年では魚介系ラーメンの人気により出汁原料として外食需要も高まっています。

すでに大型連休に入りましたが、ご自宅で過ごす予定でしたら煮干し出汁での味噌汁作りに挑戦してみてはいかがでしょうか?

カタクチイワシイラスト
イラスト:N.HIKARI
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