『最後の晩餐』と東西の
天才クリエーターとウナギ。

土用の丑の日にウナギを食べるようになった起源には諸説がありますが、最もポピュラーなのは、夏にウナギが売れなくて困っていた鰻屋から相談を受けた平賀源内が、「丑の日に『う』の字がつく物(うどん・ウリ・梅干しなど)を食べると夏バテしない」という民間伝承にヒントに「本日 土用丑の日」と大看板を出すようにアドバイスしたのが始まり、というものでしょう。


平賀源内といえば、発明家であり蘭学者であり、画家、戯作者、陶芸家と多才な顔を持つマルチクリエーターで、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチとも呼ばれています。


そのダ・ヴィンチの代表作のひとつにキリストと12人の使徒を描いた大作『最後の晩餐』があります。20世紀末に行われた大規模な修復作業の結果、『最後の晩餐』で描かれた食卓の皿に盛られていたのは魚料理であることが判明しました。


しかも、興味深いことにその魚料理は「ウナギのグリル、オレンジ添え」ではないかという研究報告があるのです。製作当時のダ・ヴィンチの残したメモにも頻繁にウナギの購入履歴が残っているのだとか。


源内とダ・ヴィンチ、ふたりの天才クリエーターがウナギに関わっているのは面白いですね。


でも、なぜダ・ヴィンチは『最後の晩餐』のメニューに「ウナギのグリル、オレンジ添え」を選んだのでしょう。推理してみました。


『最後の晩餐』に並ぶ12人の使徒の職業をご存じでしょうか。ペトロ(ペテロ)&アンデレ兄弟、大ヤコブ&ヨハネ兄弟、フィリポ、トマスの6人は漁師でした。


漁師率の高さ、ハンパないですね。


彼らの漁場は現在のイスラエル北部にあるガラリヤ湖。日本の霞ヶ浦と同じくらいの大きさの淡水湖です。


ガラリヤ湖で獲れる代表的な魚といえばティラピアで、地元ではキリストの最初の弟子にして使徒のリーダー、ペトロの名から「聖ペトロの魚」 (St. Peter’s Fish)と呼ばれています。

ちなみにヨーロッパで「聖ペトロの魚」を表すSaint-Pierre(仏)、Pesce san pietro(伊)、Peters fisch(独)、pez de San Pedro(西)といえば、海の魚「マトウダイ」のことです。とするとティラピアは本家「聖ペトロの魚」でしょうか。


ティラピアは広く世界に食用として用いられている白身魚で、現在、中国、インドネシア、エジプト、バングラデシュなど各国で盛んに養殖されています。


キリストは「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(マルコ1-16:18)と言い、ペトロは漁師をやめ、布教の道へ進みました。聖ペトロの魚、ティラピアも布教するように世界で繁殖したわけです。


日本でも一時期、養殖され「イズミダイ」などの名前で流通していましたが、最近、流通している姿はあまり目にしません。耳にするのは、野生化したティラピアが環境適応力と生命力を発揮して、沖縄や鹿児島などの河川で猛烈な勢いで繁殖し、生態系にとって脅威になっているというニュースです。


脱線してしまいました。話をウナギに戻しましょう。最後の晩餐がなぜティラピアではなくウナギなのか。


キリスト教のルーツであるユダヤ教の正典、旧約聖書には「水の中にいる生き物のうち、ヒレやウロコのないものはすべて忌むべきものなり。汝らその肉を食うべからず」(レビ記11:10-12)と記されているようにエビ・カニなどの甲殻類やイカ・タコ・貝などの軟体動物といった、ヒレやウロコのない魚介類を食べるのはタブーです。


ウナギにはヒレもウロコもあるのですが、目立たないからでしょうか、食べてはいけないとされていました(魚類だとナマズやサメもNGです)。


ところがキリスト教の新約聖書では「口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである」(マタイ15:11)と「伝統や慣習で禁じられている物を食べたから汚れるわけではない。人を汚すのは、口から出る言葉であり、心の思いなのだ」と教え、食事の制約から人々を解放したのです。


いわばウナギ料理はユダヤ教との決別の象徴でもあるわけです。「ウナギのグリル、オレンジ添え」はダ・ヴィンチの考え抜いたメニューだったのかもしれません。

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