干しダラ食って「海賊王にオレはなる!!」
ロナウドが愛した高タンパク低脂肪食材。

サッカー史上最高の選手とも評されることの多いスーパースター、クリスティアーノ・ロナウドは1985年、ワインで有名なポルトガルのマデイラ諸島で生まれました。FIFAワールドカップ・カタール大会開幕時点で37歳とフォワードにしては高齢ですが、技術、スピード、パワー、スタミナともに衰えを知りません。


その秘密は、持って生まれた優れた身体能力に加え、誰もが驚くハードなトレーニングと徹底した食事管理にあるといわれています。最高のコンディションを保つために高タンパク低脂肪のメニューが中心なのは当然としても、食事を6回に分け、疲労回復&消化をよくするために5回昼寝をしているのだとか。


昨年、12年ぶりにマンチェスター・ユナイテッドに復帰したC・ロナウドはクラブの定番メニューに、ある料理をリクエストしました。


それは「バカリャウ・ア・ブラース」。バカリャウ(塩漬けされたタイセイヨウマダラの干物)とジャガイモと玉ねぎを炒め、卵でとじるというポルトガルの伝統料理でした。


C・ロナウドはなぜ、この料理を望んだのでしょうか。


ポルトガルは世界の魚消費量ランキング(国民一人当たり)で4位(2017年)。魚好きを自負する我が国(6位)以上に魚を食べています。ちなみに1位はアイスランド、2位モルジブ、3位香港、5位が韓国。(出典: FAO Fish and seafood consumption per capita,2017)


ポルトガル人はマグロ、カジキ、イワシ、ウナギなど日本でもお馴染みの魚を食べていますが、最も人気があるのがタラなのだとか。


故郷のソウルフードだから、メニューに入れて欲しかったのでしょうか。いえ、たぶんそうではないと思います。


タラの栄養成分を見てみましょう。マダラ(生)の場合、可食部100gあたりのタンパク質は17g以上もあるのに、脂質は0.2gと極端に脂気のない魚です。


これを干しダラに加工すると約80%を占める水分が蒸発して100gあたりタンパク質が73gにまで濃縮されます。(出典:文部科学省『日本食品標準成分表』)


まさにプロテインの塊。干しダラはアスリートの理想の食事である高タンパク低脂質食材なのです。


でも、タラの漁場は北の冷たい海です。なぜ、ポルトガルの国民食にバカリャウはなったのでしょうか。


時代は8世紀に遡ります。


スカンジナビア半島のノルウェーでは、太古からタラを食べてきました。漁期はタラが産卵のために沿岸に近づく2〜4月ですから、そのときに一挙に漁獲した大量のタラを保存する必要がありました。


魚の保存というと塩漬けを思い浮かべますが、北欧は日照時間が短く製塩に向いていないため、塩は潤沢ではありません。


代わりに寒冷な気候をいかしました。捌いたタラを屋外に干すと、凍っては溶けるのを3ヶ月ほど繰り返し、カチカチになるまで干してから、乾燥した風通しのよい屋内に移して最長12ヶ月、熟成させたのが「ストックフィッシュ」(素干し)です。タラは脂質がほとんどないので乾燥させやすいのです。


ストックフィッシュは腐らないだけでなく、軽く、かさばらないので、航海の常備食にもってこいでした。


ノルマン人は豊富な木材資源を用いて、航海に優れた船を開発しました。彼らが製造するヴァイキング船は吃水が浅く大型船でも河川を航行でき、船首と船尾が同型なので方向転換も容易で、帆以外にオールで漕ぐこともできるから小回りがきくという、戦闘能力抜群の船です。


9世紀頃から地球は温暖化に向かい、凍結していた北の海が溶け始めると、解き放たれたように、勇猛果敢なノルマン人の民族大移動が始まりました。いわゆるヴァイキングの時代です。


海を西へ向かったヴァイキングたちは、コロンブスよりも約500年も早く、西暦1000年ごろに現在のカナダのニューファンドランド島に上陸しています(先住民の抵抗にあい、入植は断念)


北西フランスに上陸したヴァイキングは、沿岸部を制圧するとさらにセーヌ川を遡りノルマンディー公国を建国し、地中海に進出したグループは、南イタリア&北アフリカにシチリア王国を建国しました。


イングランドに侵入したヴァイキングは、クヌート大王(990?〜1035)の時代にイングランド全土に加え、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン南部を支配下に置く北海帝国を築きます。


絵に描いたような「海賊王にオレはなる!!」ですね。


長期航海用の食糧として、また戦時の兵糧としてヴァイキングが重宝したのが、ストックフィッシュでした。


14世紀になると、ハンザ同盟がストックフィッシュの売買を独占するとともに、販路を広げ、ヨーロッパ中にその美味しさを広めます。


15世紀になると、スペインやポルトガルの漁民もタラを求めて、北の海に遠洋漁業に出かけるようになりました。彼らには地中海で製塩された豊富な塩があったので、この塩を使った、一度タラを塩漬けにしてから天日干しにする「クリップフィッシュ」(塩干し)が登場します。


塩をすることで味がよくなるとともに、保存期間もさらに伸び、より長期の航海が可能になりました。この塩干しダラが大航海時代、コロンブス(1451?〜1506)、ヴァスコ・ダ・ガマ(1460?〜1524)、ピサロ(1470?〜1541)、マゼラン(1480〜1521)たちの胃を満たしたのです。


しかも、船乗りだけでなく、キリスト教会の影響が強かった中世では、復活祭の時期や金曜日には獣肉を口にせず、魚を食べるという決まりの日がありましたから、庶民の需要も多かったのです。


塩干しダラは、時間をかけて水戻しして、スープ、オムレツ、パイ包み、コロッケなど様々な料理の具として使われました。


《十六世紀半ばには、全ヨーロッパで消費される魚の実に六十パーセントがタラとなり、以後二世紀の間この数字は変わることがなかった》(『鱈 世界を変えた魚の歴史』)


中世と現在では食習慣は大きく異なりますが、カトリック教徒の多いポルトガル、スペイン、イタリアなどの国では、今でも金曜日には魚を食べるという伝統が残っています。


さて、大航海時代、干しダラを食べながら海を渡り、新大陸を征服した人々がヨーロッパに持って帰り、栽培を始めたもののひとつがジャガイモです。


14世紀頃から地球は「小氷河期」と呼ばれる寒冷な気候に移行していきます。このため中世ヨーロッパの主食であった豆や麦といった農作物はたびたび不作となり、飢饉が人々を襲い、大量の餓死者が出ていました。


小氷河期は19世紀半ばまで続きました。この間、深刻な食糧不足をなんとか乗り越えることができたのは、痩せた土地、寒冷な土地でも育つ新大陸からもってきたジャガイモのおかげだともいえます。


……ということはですよ、ロナウドがマン・Uに提案した干しダラとジャガイモを合わせた「バカリャウ・ア・ブラース」は、旧大陸と新大陸を融合させた料理だともいえます。さすがロナウド、スケールがでかい。


大航海時代は、ポルトガルのエンリケ航海王子(1394〜1460)が派遣した探検隊が、マデイラ諸島に到達した1418年に始まるといわれます。マデイラ島にはその後コロンブスや、ペリー提督も寄港しています。


そんな歴史ある、干しダラともゆかりの深いマデイラ島で生まれたC・ロナウド。カタール大会ではどんなスーパープレーを見せてくれるのでしょうか。わくわくします。


*追記 2022年11月22日、C・ロナウドとマンUは契約を解除することで双方合意。C・ロナウドは無所属でW杯に参加。初戦のガーナ戦で史上初となる5大会連続ゴールを記録した。


*参考文献
『欧州 旅するフットボール』(豊福 晋/双葉社)
『鱈 世界を変えた魚の歴史』(マーク・カーランスキー/飛鳥新社)
『魚で始まる世界史』(越智敏之/平凡社新書)
『ジャガイモの世界史』(伊藤章治/中公新書)
『歴史を変えた気候大変動』(ブライアン・フェイガン/河出書房新社)

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