旬のお魚かわら版

No.71 シャコ

2023.08.15

旬のお魚かわら版 No.71(2023年8月15日)


 今回は口脚目シャコ科シャコ属の「シャコ」です。

 甲殻類の仲間ですが、分類上はエビやカニ(十脚目)とは異なるグループです。しかし、姿形がエビに似るため、地方によっては「シャコエビ」「ガサエビ」「ガザエビ」等、末尾にエビを付けて呼んでいます。

 今ではあまり目に触れる機会は減っているので、改めて下の画像をみて思い出す人もいるかもしれません。もっとも寿司などでは頭部や脚などが除かれ殻もむかれた状態で提供されるので、元々の姿を想像できないという人も多いかもしれませんね!ちなみに、寿司業界の符牒でシャコを「ガレージ」と呼ぶそうです。車庫と同じ読みということですね。

シャコ
出典:生鮮の素+さかなや魚介類図鑑(無断転載不可)

 今はすっかり見ることが少なくなっていますが、かつては寿司には付き物の一つでした。寿命は4年、体長15cmくらいまで大きくなるといわれていますが、30cm位まで成長する「トラフシャコ」もいます。

 この姿から想像できないのですが、「シャコパンチ」という言葉があります。胸部から伸びている歩脚(捕脚)という伸ばすと大きい脚があり、これが鎌状に棘がありこれを武器として用いて、餌(ゴカイ、イソメ、エビ、カニ、アサリ、ツブ等)、時には魚類も捕獲しています。シャコはこうした武器で餌を獲るのを始め、敵から防御するために強烈なパンチを見舞うというわけです。何れにしろシャコは、外側に強烈な鎧と武器を持っているので、海で遭遇する機会があった時は要注意です。

 主な分布域は北海道から九州の沿岸で、水深30-50mの泥地に穴を掘って棲んでいます。主に底引き網で漁獲されますが、刺し網などでも漁獲されます。全国の漁獲量は公表されておらず、愛知県と三重県に関して部分的に公表されているデータをまとめたものが下のグラフです。

 元々シャコは瀬戸内海や伊勢湾・三河湾、東京湾など大きな内海や内湾を有する県が有力な産地を形成していました。ですからサバやサンマ、スルメイカなど餌を求めて回遊する魚類と違って漁獲量的限界があります。そうした側面からみると、後述のとおり愛知県のみで2,000トンを超える漁獲があったのは記録的なことだったとも感じられます。その頃は「シャコが海から湧いてきた」などと地元では話していたのではないかと想像されます。

シャコ漁獲量
資料:農水省「漁業・養殖業生産統計年報」

データ出典)1970-2003年 愛知県:愛知県調べ 三重県:三重県調べ

      2004-2006年 東海農政局

      2007-2011年 漁業養殖業・生産統計年報資源回復計画対象魚種の漁獲動向(農水省)

      2012-2020年 愛知県:漁業地域別魚種別漁獲量調査 三重県:三重県水産研究所調べ

      2021年 愛知県:漁業地域別魚種別漁獲量調査(暫定値)三重県:三重県水産研究所調べ

 上のグラフでオレンジ色の線が愛知県で単位(トン)の目盛りは左側の縦軸、三重県は灰色の線で単位の目盛りは右側の縦軸になります。愛知県は従来国内有数のシャコの産地で、1970年代から90年代初頭にかけて1,500トン(最大は1977年=2,238トン)を超える漁獲量を6回記録しています。しかし、その後は概ね右肩下がりの傾向を示していて2020年にはついに100トンを割り込む61トンにとどまっています。

 隣の三重県でも愛知県と同様な傾向を示していて2013年以降は10トン以下の漁獲に終わっています。近年シャコは分布域が北に拡がりつつあり、北海道の石狩湾などでも多く漁獲がみられるようです。特に西の地域での漁獲の減少が顕著になっているようで、その結果関東以北の漁獲が相対的に目立つようになってきているということだと思われます。

 下のグラフは2002年以降の東京都中央卸売市場でのシャコの入荷量と卸売価格の推移です。

シャコ入荷
出典:東京都中央卸売市場・市場統計情報(年報)

 このグラフでは2010年から5年間に入荷の減少が目立っていますが、2011年以降は東日本大震災の影響 が反映されていると考えたほうが良いと思います。

 それにしてもその後は入荷が回復しているようで 昨年はこの20年間で最も多い入荷量を記録しています。 価格は2000年代初頭以降は低迷していましたが、入荷が極端に減少した2010年以降はその反動で回復・安定しました。しかしコロナ禍を契機に再度上昇の一途を辿り、2022年はキロ3,500円に迫る過去最高値で取引されています。この価格をみても今やシャコは高級魚の部類にシフトしているとみても良いでしょう。

 さて、漁場が北にシフトしていると述べましたが、東京都中央卸売市場に入荷するシャコの入荷先トップ5県の変遷(2002年、2012年、2022年)をみたものが下の3つの円グラフです。

シャコ入荷2002 シャコ入荷2012 シャコ入荷2022
出典:東京都中央卸売市場・市場統計情報(年報)

 直近の2022年(一番下のグラフ)では、宮城県と北海道で全体の94%を占めています。同様に2012年では63%、2002年当時は何れもトップ5には入っていません。2002年当時はトップ5に中部地方以西の県が3県入ってました。2012年には2県と減少しています。

 こうした20年の時間の経過からも西から東へと東京市場への入荷先が変化しているのが 分かります。かつてシャコは、回転すし業界がこれほど寿司マーケットを席捲する以前は普通に提供されていました。回転すし・持ち帰りすしが普及・拡大していく過程で、この業界でのシャコの需要は極端に少なく、メニューから外れていったということも大きな要因でしょう。しかし、下処理を施したシャコは独特のうま味があり、事実現在では高級魚の部類に入り、舌の肥えた人を始め根強い需要もあるのも事実です。

 30年ほど前に広島出張の折、尾道に立ち寄ったことがあります。その時宿で食べたスープが程よい甘さと磯の香りが漂い思わず「何のスープですか?」と聞いたことがあります。それがシャコでした。翌朝帰りがけに駅に向かって歩いていると、道端でおばちゃんが「シャコ」を売っているではありませんか!即買って帰ろうと思い、交渉しました。しかし、売ってもらえませんでした。おばちゃんは「どこまで帰るの?」「新幹線で東京まで」と言ったのですが、おばちゃん曰く「着く頃には味が落ちているので売るわけにはいかない」との返事。「客が買いたいのに売らない」という人に初めて会いました。しかしそこには、魚を大事に扱い、美味しいものを提供したいという商売の原点を大事にしている人の矜持と誠実さを見た思いでした。

シャコイラスト
イラスト:N.HIKARI
旬のお魚かわら版

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