鯖

さば

2022年10月1日 掲載

14年かけた高校生たちの快挙。
はるか宇宙まで届いた鯖缶詰街道。

2020年11月27日。宇宙飛行士の野口聡一さんがYouTubeに投稿した、国際宇宙ステーションで福井県立若狭高校の「サバ醤油味付け缶詰」を食べる動画は大きな話題となりました。


2004年にスタートした宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙日本食プロジェクトは07年に29品目が初めて認証され、若狭高校のサバ缶は約10年後の18年にJAXAから認証を受けました。


22年9月現在、カレー、ラーメン、焼き鳥、羊羹など28社(団体)50品目が宇宙日本食として認証されていますが、ほとんどは大手食品メーカーが開発したもので、作り手が高校生というのは異色です。


認証のハードルは高く、常温で1年半以上の賞味期限があること、高い水準の衛生管理体制が整備できていることなど様々な条件があります。


しかも、材料や最終製品の段階で微生物検査や官能検査、時間のかかる保存試験など数々の試験が行われますから、問い合わせから認証を受けるまでに順調でも約3年かかるといわれています。


さらに、正式メニューと認められれば、製造元は宇宙飛行に合わせて製造し、納品する責任も伴います。


この難関をクリアする製品を高校生が開発し、さらに製造をも担う。そんな宇宙食なんて、世界でも例がありません。どうやって高校生たちは世界初の快挙を成し遂げたのでしょう。


詳しく知りたい方は、今年6月に発売された、宇宙食サバ缶作りに取り組んだ高校生たち300人の14年に渡る軌跡を描いたノンフィクション『さばの缶づめ、宇宙へいく』(小坂康之、林公代・著/イースト・プレス)をお読みください。


宇宙食サバ缶の開発は、1895年開校という日本で最も歴史のある水産高校、福井県立小浜水産高校(通称:浜水)でスタートしました。


きっかけは2006年、HACCP*の取得でした。


2021年6月から日本でもすべての食品事業者にHACCPによる衛生管理が義務付けられましたが、2000年代初頭は「HACCPなんて資金的に余裕のある大企業が最新機器を揃えて初めて認証を取ることができるもの」、「あんなもん、金ばかりかかって、役に立たない」という認識が一般でしたし、第一どうやって取ればよいかもよくわからない状況でした。


コンサルに相談してみると、HACCP取得にかかる見積もり額は1億円。予算の少ない公立高校が支払える金額ではありません。ところが浜水の先生と生徒たちは知恵と工夫で、300万円でこれを達成してしまいます。


2007年、授業でHACCPがNASAの宇宙開発とともに生まれた基準だと知った生徒が「なら、うちでも宇宙食作れんのとちゃう?」と冗談まじりにつぶやいた一言が宇宙食サバ缶を予言していたのですが、実現するとは誰も思ってもいませんでしたし、その道のりは困難を極めました。


なかでも、人口減少に伴う高校の統廃合で、教育困難校でもあった浜水と地域トップの進学校である若狭高校との統合は大きな軋轢を生みました。それを生徒たちが乗り越え、浜水の流れを組む海洋学科が若狭高校の顔になってゆく様子だとか、報道されていない話が満載でとても面白い本です。


さて、2020年、宇宙食サバ缶のニュースが流れたとき、すごいなあと思ったと同時に、疑問に思ったことがありました。缶詰のサバはどこのサバを使ったのだろう?


福井県のサバの漁獲量は、1970年代はたびたび5,000トンを超える豊漁で、80年代も3,000〜5,000トンで推移していたのですが、90年代に入ると漁獲量が激減。2000年代以降は概ね100トン台で推移しています。


小浜をみても最盛期の1974年には田烏(たがらす)漁港だけで3,580トンも水揚げされていたのですが、近年はわずか1トンしか揚がっていません。


小浜といえば、京都と若狭を結ぶ鯖街道の起点です(あれ? そういえば、若狭は「じゃくさ」とも読めますね。ま、いいか)


「京は遠ても一八里」。72キロの道のりですから、約20時間。塩をした新鮮な鯖は京都に到着するころには塩がなじんで美味しさを増し、京都の鯖寿司に欠かせませんでした。


「へしこ」「焼き鯖」「なれずし」などの郷土料理でも知られ、「小浜=サバ」というイメージが定着しているのに、肝心のサバが減ってしまっているので、どこのサバを使っているのだろう? と気になったわけです。


本を読むと、答えが書かれていました。〈よっぱらいサバ〉だったのです。


〈よっぱらいサバ〉とは、地域の食文化を守ろうと小浜市が中心となり、2016年に始まった「鯖、復活プロジェクト」から誕生した養殖サバです。


小浜市漁業協同組合、福井県立大学、福井県栽培漁業センター、KDDIなどの協力を得ながら研究は進められ、鯖街道の終点、京都の酒蔵でつくられた酒粕を練り込んだ餌を与えることで、生臭さを抑え、脂ののった美味しいサバの開発に成功しました。


宇宙食サバ缶はこの地元の養殖サバを使っていたのです。


野口宇宙飛行士の配信動画で、若狭高校の宇宙食サバ缶は一気に有名になりました。


高校生たちは次のプロジェクトに取り組みます。長年の研究成果を地域活性化につなげたい。「全国の人に食べてもらって、利益を地域に還元できたら」と宇宙食サバ缶の商品化を模索しました。名付けて『宇宙鯖缶地上化計画』。


高校での缶詰製造は手作りですから生産量が限られていますし、高級な〈よっぱらいサバ〉を使うとコストがかかりますから事業としては成り立ちません。


生徒の熱意に応えて地元企業が協力します。生徒たちのアイデアである「くず(葛)」でとろみを付ける作業を機械化し、量産を可能にしました。原料もノルウェーさばにすることでお手頃価格にできました。


こうして現在、〈よっぱらいサバ〉を原料とする缶詰『夢の宇宙へ 鯖』(80g/2,000円)とノルウェーさばが原料の缶詰『若狭宇宙鯖缶』(90g/756円)という2種類のサバ缶が「道の駅若狭おばま」などで販売されています。


若干お高めですが、なんといっても「宇宙に行った味」です。サバ好き、缶詰愛好家なら一度は食べてみたいもの。宇宙ステーションで汁が飛び散らないように普通の缶詰よりも粘度が高めで、フォークでも食べやすい柔らかさ。味付けは味が薄く感じる宇宙空間に合わせて濃いめになっています。


本サイトのWeb版解説ノートで、日本で獲れたサバが遠くアフリカの内陸にまで運ばれている現代版の鯖街道について触れましたが(詳しくはこちら)、高度400キロの宇宙にまで伸びていたというのは驚きですね。


さて、最後に告知です。サバ好きにはたまらない日本各地のサバが味わえる『鯖サミット』が3年ぶりに、今年は10月29、30日に松浦市文化会館(長崎県松浦市)で開かれます。詳しくはこちらをご覧ください。


*HACCP(ハサップ)は、「Hazard(危害)」「Analysis(分析)」「Critical(重要)」「Control(管理)」「Point(点)」の頭文字に由来する衛生管理手法で、作業過程を整理・分析・管理することで製品への危険物質の混入リスクを減らす工程管理システム。
従来の抜き取り検査に比べて、問題のある製品の出荷を効率的に防げるだけでなく、製造工程のどの段階に要因があったのかが迅速に調べられるのでスムーズな対処が可能である。