旬のお魚かわら版

No.102 クロダイ

2024.11.29

旬のお魚かわら版 No.102(2024年11月29日)


 今回は近年何かと話題になることの多い「クロダイ」です。

 クロダイはスズキ目タイ科クロダイ属に分類されるタイ類で、同じ属にはオキナワキチヌ、ナンヨウチヌ、ミナミクロダイもいます。これらの名称からもいかにも南方系の魚らしいことが分かります。

 そしてマダイの体色が鮮やかな赤色系なのに対し、クロダイは黒みがかった銀色をしています。

 赤と黒、まるで小説の題名を想起させます。ちなみに小説(スタンダール原作)のほうの赤は軍人、黒は聖職者の服の色を表しているといわれています。

クロダイ
クロダイ
出典:生鮮の素+さかなや魚介類図鑑(無断転載不可)

 クロダイは北海道以南の沿岸の水深50㎝以浅の藻場、岩礁、砂泥底、河口域等に主に生息しています。また、朝鮮半島沿岸全域、渤海、黄海、済州島、台湾、中国東シナ海沿岸、ベトナムにも分布しています。

 広く分布する一方で、富山湾での標識放流調査結果によると、放流種苗の移動範囲は小さいとされています。

 クロダイは海水魚に違いないのですが、以前から川でも釣れていた(生息していた)こともあり「川ダイ」とも呼ばれています。もちろん磯釣りを始め沿岸釣りを楽しむ人は「チヌ」と呼んでいるのではないでしょうか?

 さて、クロダイは複雑な性転換を行う魚のようです。ふ化後しばらくの間は性別未分化なのですが、その後全て雄になり、さらに成長すると雌雄同体になります。そして3年目から雌雄が分かれ、4年目ではほとんどが雌になるとのことです。

 クロダイの成長に関しては、富山湾における調査によると1歳で約15㎝、2歳で約22㎝、3歳で約25㎝と推定されています。

 また寿命については、富山湾で確認されている最高年齢魚は約30歳と推定されています。随分と長寿のクロダイもいるもんですね!

 クロダイは出世魚でもあり、関東では、チンチン→カイズ→クロダイ(チヌ)、関西ではババタレ→チヌ→オオスケと呼ばれています。

 日本海での漁法は定置網が主体ですが、底引き網、刺し網、吾智(ごち)網などでも漁獲されます。

 さて、近年では海の温暖化の象徴、すなわち海水温の上昇により増えた魚の例としてよく話題となるクロダイですが、一体どれ位増えているのでしょうか?

クロダイ生産量
出典:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」

 上のグラフはクロダイとその近縁種ヘダイの生産量の推移で、両魚種の合計値が示されています。長らく4000トン前後で安定していた両種の漁獲量は15年前位から漸減傾向がみられます。

 なお近年ではクロダイとヘダイとを分けた統計が出され、それによると直近5年間のヘダイの漁獲量は350~500トンです。漸減傾向がみられる15年前位からは、前述の最大漁獲量500トンより少し多い600トンくらいがヘダイの漁獲量と推定すると、クロダイの漁獲量は2500~3000トン超位とみられます。

日本海クロダイ漁獲量
出典:国立研究開発法人水産研究・教育機構「水産資源評価結果 令和5年度魚種別資源評価」より

 太平洋側に生息しているクロダイの正確な漁獲量は把握できませんが、日本海側のクロダイの漁獲量についてはデータがありますので上のグラフに示しました。1971年以降の青森県から島根県までの合計です。

 一部ヘダイを含むようですが、それは別としてもおおむね100~400トンの範囲で増減し、近年は100トン台と減少傾向が顕著になっています。こうした傾向から判断すると太平洋側での漁獲が全体の8割程度を占めているとみられます。

クロダイ市場取扱高
出典:東京都中央卸売市場年報

 では、東京都中央卸売市場ではどうなっているのでしょうか?

 上のグラフは2002年から2023年までの東京都中央卸売市場でのクロダイの年間取扱高の推移を表したものです。

 2011年以降明らかに取扱数量は増加傾向がみられています。

 2020年、2021年はコロナ禍による緊急事態宣言などにより、外食等の減少の影響で取扱いも減少しましたが、その後は増加に転じて、2023年は2002年以降で最多の入荷となっています。

 ただクロダイは従来、あまりマーケットに出る魚ではなかったためスーパーの店頭で見かけたことがある人は少ないかもしれません。冬場は特に美味しくなるにもかかわらず、マダイに比べると認知度や色合いで劣るためか 市場の卸売価格もマダイの半分程度です。また、身が柔らかくなってしまう時間がマダイより速く料理人からの評価が今一つであることも安い理由のようです。

 とは言え、比較的低位安定して推移していた卸売価格も2022年以降は上昇が顕著になっています。もちろんロシアによるウクライナ侵攻など国際情勢によりエネルギーや物流コストなどが上昇し、1次産品を始め様々な分野での価格高騰の影響はありますが、特に太平洋沿岸域でクロダイの漁獲(後述での害魚としても駆除も含め)が増加し、末端での人気が出ている可能性もあるのではと思います。ですから2022年以降は消費地市場では入荷の増加が顕著にも拘らず価格も上昇しているのかもしれません

クロダイ入荷(2023)
クロダイ入荷(2013)
クロダイ入荷(2003)
出典:東京都中央卸売市場年報

 さて、東京都中央卸売市場に入荷するクロダイは何処から運ばれてくるのでしょうか?

 上の3つの円グラフは、東京都中央卸売市場におけるクロダイの入荷先府県のトップ10の変化を10年刻みで表したものです。

 直近の2023年(年間取扱量262トン)のトップは千葉県、しかも31%でダントツの割合です。10年前の2013年(同236トン)の千葉県は3番目、20年前の2003年(同154トン)の千葉県は10番目であったことを考えるとクロダイが徐々に東日本の沿岸域に分布を拡げ、増えてきていることが反映していると見られます。


 クロダイは、釣り人にとっては釣りのだいご味を味わさせてくれる人気の魚ですが、近年では東京湾のノリ漁師にとっては、養殖中のノリを食べつくしてしまう害魚として大変悩ましい存在となっています。その背景には東京湾の水温上昇で冬でも暖かくなり、クロダイが湾内で越冬できるようになったことがあります。冬場はちょうどノリ養殖の最盛期ですから、クロダイにとっては格好のエサとなります。そうした食害を防ぐため、漁業関係者はさまざまな防除策を行っているのですが、クロダイは非常に頭が良く、人間がいるところには寄り付かないようで、人間のいない隙を狙ってノリを漁っているのです。


 上のグラフにあるように消費地市場での取扱いは増加傾向にあり、その評価も高くなってきているのが市場価格の上昇として表れています。また生産者のみでなく関連業者の取扱意欲も強くなっていると思われます。適度な漁獲で食害を減少させながら、食材の提供にも繋がるという好循環が続くと良いと思います。


 クロダイは、これからが最も美味しくなる季節といわれます。クロダイをみかけたら是非買ってみて色々な料理に挑戦するとともに、マダイとの味比べも良いかもです。

クロダイイラスト
イラスト:N.HIKARI
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