旬のお魚かわら版

No.99 ベニザケ

2024.10.15

旬のお魚かわら版 No.99(2024年10月15日)


 今回はサケ類の中でもかつては抜群の知名度を誇った「ベニザケ」です。

 ベニザケは、サケ目サケ科サケ属に分類されます。サケ類は川または湖で産まれ、海に降って成長しますが、一部の種類では海に降るタイプ(降海型)と、海に降らずに川または湖で一生を過ごすタイプ(残留型)に分かれます。ベニザケにも両タイプがあり、残留型はヒメマスと呼ばれます。

 また、海に降ったサケ類はオキアミなどをエサとして食べますが、そのエサ由来の色素であるアスタキサンチンにより身は赤色を帯びるようになります。ベニザケは特に身の赤色が濃いので「紅さけ」と呼ばれるわけです。

 体形上の特徴の1つとして、尾びれにはシロサケ(秋サケ、時サケ等)などにみられる銀白色の放射状の筋がありません。

 ちなみに1930年代頃の「ベニザケ」の標準和名は「ベニマス」とされていたそうです。

ベニザケイラストサムネイル
イラスト:N.HIKARI

 ベニザケは生まれてからしばらくは湖などで2~3年過ごし、海に降りていきます。その後産卵のため河川に帰ってきます。3年で成熟し生まれた河川に回帰する繰り返しで一生を終えます。

 ベニサケが母なる川に帰ってくる時期になると、アラスカの沿岸は婚姻色に覆われたサケの大群で真っ赤に染まるという話を聞いたことがあります。現地の人にとっては季節の風物詩になっているのかもしれません(上のイラストで想像してみてください)。

 ベニザケは、北緯40度以北の太平洋北部のベーリング海やオホーツク海を回遊し母川に回帰しますが、日本にはアラスカやロシアのような大きな川や湖がなく、遡上しないといわれています。

 かつて北洋サケマス漁業が盛んなりし頃は、日本漁船(中型・小型の流し網漁船など)がそれぞれの基地から北の海へと出漁し、ベニザケを大量に漁獲していました。そうして国産の塩蔵ベニザケが多く国内に供給され、食卓を賑わせていたものです。しかし現在、北洋サケマス漁業が無くなったこともあり、スーパーの売場などでベニザケはロシア産など輸入ものの切り身がわずかに並べられる程度になり、往時の面影は見る影もありません。

 現在日本漁船によるベニザケの漁獲はごくわずかですが、主産地のアラスカやロシアでは主に刺し網や定置網などで漁獲しています。また、ベニザケは全て天然もので養殖ものはなく、日本でも秋サケの不漁が顕著になってきた近年、ベニ養殖の試みもありましたが、まだ実用化されてはいません。

ベニザケ輸入量
出典:財務省「貿易統計」

 上のグラフは冷凍ベニザケの主要国別輸入量の推移(2014~2023年)です。

 このグラフではロシアとアメリカのみの表記ですが、冷凍ベニザケはこの両国からの供給が大半でそれ以外はカナダ等からわずかに輸入されるのみです。昨年はロシアとアメリカがかなり接近しましたが、基本的には今までロシアからの輸入量がアメリカのそれを上回っています。

 アメリカは国内でのベニザケの需要が強く、輸出に向けるというより国内需要が第一にあり、それを超えた量が輸出に向けられます。欧米ではサケの缶詰需要が根強くあり、アメリカではその他ステーキや燻製なども人気があります。その意味では日本国内の供給事情は、両国の漁獲状況や国内事情に大きく左右されているといっても良いでしょう。

 日本国内での両国のベニの評価は、ロシア産がやや高く価格的にもアメリカ産を上回っています。ロシア産のベニザケは、北洋漁業が存在していたころは日本漁船も同じ漁場で漁獲しており、日本漁船が沖獲りし船上で塩蔵処理したベニザケは「本チャンベニ」として特に高く評価されました。ロシア産への高い評価は、そうした過去の「味の記憶」が今も連綿として続いているからかもしれません。

 前述のとおり、現在スーパーなどでみられる塩ベニザケの切り身の多くはロシア産が多いのではないでしょうか。機会があれば、お店で塩ベニサケの切り身の原料表示をチェックしてみてください。

冷凍サケ取扱量
出典:東京都中央卸売市場年報

 上のグラフは、2003年以降の東京都中央卸売市場における冷凍サケ類の品目別取扱状況を5年刻みに表したものです。

 右端の「その他サケ」はトラウト(海面養殖ニジマス)などギンザケ以外の養殖系のサケ類です。

 グラフの通り、2000年代初頭はギンザケおよびその他サケ(トラウト等)の入荷量が他のサケ、特に天然のサケ類(ベニザケ、シロサケ)を大きく凌駕していました。それらは主にチリやノルウェーで養殖された輸入サケであることは説明するまでも無いと思います。中でも日本ではギンザケの需要が強くピーク時(2008年)に比べて大きく減っているものの、現在でもサケ類の中ではトップの座を占めています。

 一方で、そのあおりを受けているのがベニザケと言えます。まだ養殖系サーモンがごく少なかった時代はベニザケが需要・消費の中心に鎮座していて、プライスリーダー的な位置を占めていたのです。

 また、中央卸売市場に入荷する冷凍サケ類は、秋サケ(天然が全て)の漁獲が年々減少の一途を辿っている現在、大半を輸入ものが占めていることも特徴と言えそうです。

生鮮冷凍サケ取扱量
出典:東京都中央卸売市場年報

 そこで、東京都中央卸売市場におけるサケ類の生鮮・冷凍別の入荷状況を表したのが上のグラフです。

 一般に天然サケ類は漁獲時期が限られています。したがって、周年商材としてのサケ類は生鮮で出回るものを除けば冷凍品や塩蔵品で供給されます。特に冷凍サケ類は、今や大半が輸入ものが占めていますので、世界的な商材となった現在では、各国の生産量を始め世界のサケ需要や為替変動などに大きく左右され、その結果が2013年以降の冷凍サケ類の入荷にも反映されています。

 皆さんも耳にしたことがあると思いますが、為替相場で円安が定着して以来、ことの外「買い負け」という言葉が聞かれます。特に現地価格(産地買付価格)の高騰などがあれば、円安も加わって更に買付が困難になるといった事態が起こっています。

 このグラフでも生鮮サケ類は低位ながらも比較的安定した入荷が続いていることが分かりますが、冷凍サケ類はかなり大きな入荷変動(減少)があったことが分かります。

 前述のとおり、現在ベニザケは、冷凍サケ類の中で以前のようなポジションを保っているわけではありませんが、まだまだ一部では根強い「ベニザケファン」が存在していますし、同じく天然ものしかないシロサケでも「時サケ」などで根強い人気があります。

 養殖サケ類の人気や必要性も認めながらも、天然サケも歴史の彼方に消えてしまわないよう願いたいものです。

ベニザケイラスト
イラスト:N.HIKARI
旬のお魚かわら版

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