今月の魚アーカイブ
龍蝦 ロブスター
2022.01.117世紀の静物画は現代のインスタ映え?
なぜロブスターは好んで描かれたのか。
あけましておめでとうございます。
さて、みなさんの食べたおせち料理にエビは入っていましたか? 長い髭を生やして腰の曲がったエビは長寿のシンボル。縁起物の定番です。
今日はエビの仲間、ロブスターのお話です。
2020〜2021年に東京と大阪で開催された『ロンドン・ナショナル・ギャラリー展』は第7章からなる構成で、第2章が「オランダ絵画の黄金時代」でした。
17世紀のオランダを代表するレンブラント(1606〜1669)やフェルメール(1632〜1675)の作品とともにウィレム・クラース・ヘダ(1593?〜1682?)の《ロブスターのある静物》も来日しました。
卓上に並べた花や果物、食器といった動かないものを描く「静物画」が絵画のジャンルとして確立したのはまさにこの時期のオランダです。
当時のオランダは1581年にスペインからの独立を宣言すると、1602年にはオランダ東インド会社を設立してアジアに進出。スペイン、ポルトガルから香辛料貿易を奪い取り、ドヤ顔でブイブイいわせている絶頂期です。
アムステルダムの港には世界各地から珍しい品が続々と運ばれ、膨大な富がオランダに集中しました。史上初のバブル経済といわれるチューリップ・バブルが起きたのも17世紀のオランダです(1637年頃)。
神聖ローマ帝国の一部に過ぎなかった小国が、17世紀に世界最強国のひとつにまでのしあがったのはなぜでしょう。
地理的、自然的さまざまな要因があげられますが、やはりなんといっても繁栄の原動力は人々の考え方の変化です。
16〜17世紀の欧州といえば宗教改革の嵐の真っ只中。オランダの独立戦争を担ったのはプロテスタント。なかでもカルヴァン派と呼ばれる人々です。
カトリック教会が「金儲けは卑しい行為、蓄財は恥ずべきもの」と教えたのに対し、カルヴァン派は「労働は神から与えられた天命。真面目に働いて得たお金に後ろめたさを覚える必要はない。勤労は美徳である」と教えました。
この考えは商工業者、金融業者といった新興の市民層に強く支持され、多くの信者を獲得します。
オランダはいわば商人の国。身分制度のしばりがきつい欧州各国に比べると才覚次第で成功できる実力主義の国でしたから、夢を抱いた人々がオランダを目指しました。
自由と活気に満ちた町の魅力に引きつけられたのは商人だけではありません。「我想うゆえに我あり」のデカルト(仏)、「自由主義の父」ジョン・ロック(英)といった知識人も母国を離れオランダに住みつくようになります。
カルヴァン派の特徴といえば勤労とともに禁欲です。勤労と禁欲こそが神の栄光をもたらす。人々は労働に励み、儲けた金は浪費せずに商売の拡大や新規事業の立ち上げに再投資しました。こうして、富が富を生み出し、より多くの利潤を上げることを目指す新しい価値観が生まれたのです。
これぞ近代資本主義の思想の原点です。
オランダで静物画が盛んになった理由は、この市民階級の価値観に起因するといわれています。
それまで絵画はカトリック教会や貴族といった支配階級がパトロンとなって画家に作品を依頼するスタイルが一般的で、描かれるテーマも神話や聖書からの題材が中心でした。
しかし、オランダでは画家のクライアントは新興の市民階級です。しかも聖書そのものを信仰するプロテスタントですから、宗教的な絵は注文しません。
広い世界を満喫し、豊かさを謳歌しているプロテスタントは、古い因習に縛られずに自由に精一杯、今を生きている証を残そうとしました。
手に入れた珍しい花、異国の果物、見事な食器、かっこいい武器や高性能の時計など……俺のコレクションを絵にして眺めたい。来客にリア充ぶりをプチ自慢したいという気持ちもあったのではないでしょうか。
つまり、現代の「インスタ映え」みたいなもの。そう思うと退屈に思えた静物画も面白く鑑賞できます。
このころの静物画のモチーフは花が主役ですが、ロブスターもよく登場します。当時も高価だったロブスターは豊かさの象徴でした。
調べてみると、やってきたヘダの絵のほかにもクララ・ペーテルス、ピーテル・クラース、ヤン・ダヴィス・デ・ヘーム、ウィレム・カルフ、アブラハム・ファン・ベイエレン、コルネリス・ド・ヘーム……と多くのオランダ人画家がロブスターを描いています。
静物画は画家の技量を露わにします。画家たちはこぞってみずみずしい花やガラスの光沢、柔らかい布など、微妙な質感を精緻に描写する高度な写実のテクニックを競いました。
形的にも色的にも質的にも独特なロブスターを描くのは、画家にとっても腕の見せどころだったのかもしれません。
*参考文献
『静物画』(エリカ・ラングミュア/八坂書房)
『ロブスターの歴史』(エリザベス・タウンセンド/原書房)
『マンガみたいにすらすら読める経済史入門』(蔭山克秀/だいわ文庫)
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