今月の魚アーカイブ
しらす
2022.04.1生シラスのシーズン到来。
マイワシの稚魚と『海街diary』
シラス漁が解禁となり、春シラスの美味しい季節となりました。
「シラス」はイワシ類、ウナギ、アユなどの半透明な稚魚を示す総称ですが、一般的にシラスと呼ばれているものはイワシ類(マイワシ、ウルメイワシ、カタクチイワシ)の稚魚のことで、そのほとんどがカタクチイワシです。
ただ、ご存じのように近年はマイワシが豊漁です。イワシ類の種類別の漁獲量の割合をみると、約20年前の2003年はマイワシ8%、カタクチイワシ78%だったのが、2020年はマイワシ74%、カタクチイワシ15%。
こうなるとシラスもマイワシの稚魚の割合が増えるのでしょうか。専門家に問い合わせてみたところ……
「カタクチイワシ、マイワシともに沿岸部で産卵しますが、カタクチイワシはより浅い岸近くで産卵します。シラス漁は主に岸沿いで操業するので、カタクチイワシの稚魚がメインであることには変わりません」
「また、カタクチイワシがほぼ通年産卵するのに対し、マイワシの産卵期は春先です。ですから、シラスのなかからマイワシの稚魚を見つけるのなら春がチャンスだともいえます」
「小さくて判別しにくいのですが、比べてみると、上顎が下顎よりも前に出て頭が丸いのがカタクチイワシで、下顎が上顎よりも前に出ていて頭が角ばっているのがマイワシです」
「シラス漁師のなかにはマイワシよりもカタクチイワシのシラスのほうが美味いという人もいます。シラス干しを作るときの選別過程でマイワシがはじかれることもあるので、生シラスを観察するほうがマイワシの稚魚が見つかる可能性は高いかもしれません」
シラスを食べる楽しみが増えました。
さて、今ではみんな大好きな生シラスですが、シラスは鮮度落ちが早いので、昔からほとんどが加工して販売されていました。
「生シラス」を薄い塩水でさっと茹でたのが「釜揚げシラス」。これを天日や乾燥機で軽めに乾燥させたものが「シラス干し」(ソフトちりめん)。より乾燥させたものが「かちり」(上乾、ちりめんじゃこ)です。
ちなみに関東ではやわらかく細めのものが好まれるのに対し、関西では太くて乾燥させたものが好まれる傾向にあるといわれます。
「生シラス」ブームに火がついたのは1990年ごろからでしょうか。神奈川県鎌倉市腰越に生シラスをドーンとご飯の上に乗せた「しらす丼」を食べさせる食堂が登場し、メディアで頻繁に取り上げられたことがきっかけのようです。
昔から相模湾沿いの鎌倉市材木座から藤沢市片瀬海岸にかけてはシラス漁が盛んで、シラスは「たたみイワシ」(角干し)に加工され食べられていました。
「たたみイワシ」といっても関西では馴染みがないかもしれません。
これは、洗ったシラスを底に目の細かい網を貼った長方形の升ですくい、均等に適度な厚みをつけて成形し、専用のすだれに貼り付けて板状に乾燥させた……いわばシラスでできた海苔のようなもので、よく乾燥して日持ちしたことから重宝され、湘南のシラスといえば「たたみイワシ」でした。
日本が高度成長期を迎えた1964年の東京五輪ごろ、交通網が発達して流通のスピードが上がり、一般家庭にも冷蔵庫が普及して保存が効くようになるとシラスの需要が増加します。湘南でも手間のかかる「たたみイワシ」から、より簡単で、家庭で料理の応用もきく「シラス干し」の生産へと移行していきます。
それから四半世紀後、今度は「朝獲れ生シラス」のブームを迎えるわけです。
生シラスが湘南地区を中心にヒットした背景には、産地が江ノ島、鎌倉という観光地で集客力があったことに加え、その漁法も大きく影響していると思われます。
シラスは主に船で網を曳く「船曳き網漁」で漁獲されます。「船曳き網漁」には1隻で網を曳く「一艘曳き」と2隻で曳く「二艘曳き」があります。
一艘曳きと二艘曳きには地理的境界線があり、静岡県静岡市の旧静岡市以西は二艘曳き、旧清水市以東は一艘曳きが主流で、湘南をはじめ関東のシラス漁は1隻で操業しています。
一艘曳きは二艘曳きと比べると漁獲量は少ないのですが、網を曳く時間が短く、一度に大量に獲れないことから魚を傷つけることも少なく、より新鮮で生食向きだったのです。
鎌倉を舞台にした映画『海街diary』(是枝裕和監督/2015年)にも、腰越漁港のシラスの陸揚げ、釜揚げのシーンがありました。シラス干しづくりのお手伝いをした四女(広瀬すず)が生シラスとシラス干しをもらって帰り、四姉妹揃って家でちゃぶ台を囲んで生シラス丼を食べるシーン、よかったですね。
「生シラスなんか、ほかじゃ食べられないからね」(次女:長澤まさみ)
ただ、生シラス丼もいいのですが、映画の中でリリー・フランキーが店主を演じた喫茶店(モデルは鎌倉キネマ堂)の厚切りトーストにシラス干しと刻み海苔をのせた「しらすトースト」のほうが個人的には好きですけどね。
今月の魚アーカイブ
トップページに掲載していました好評連載「今月の魚」は、HPリニューアルに伴い終了いたしました。つきましては、バックナンバーを「マッハBlog」に移しましたので、おなじみの魚たちを歴史や文学、スポーツなどさまざまな話題と絡めて“料理した”知的なエッセイの数々を引き続きお読みいただけます。