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介党鱈 すけとうだら
2023.12.1野球とフィレオフィッシュとアメリカンドリーム
2023年、テキサス・レンジャーズが球団創設63年目にして、ついにワールドチャンピオンになりました。12年前にはあと1球という惜しいところで逃してしまいましたからね。
今季からレンジャーズを率いたブルース・ボウチー監督(1955〜) はこれでワールドチャンピオン4回(史上6人目) 、両リーグで世界一(史上3人目) を達成。
しかも、最初に監督をつとめたサンディエゴ・パドレスでもナ・リーグを制覇(1998年) していますから、異なる3球団をリーグ優勝に導いたわけで、これは長いメジャーの歴史のなかでも唯一の記録です。
というわけで、今月はスケトウダラのお話です。
ボウチー監督はプレーヤーとしても1984年、パドレス時代にワールドシリーズを経験しています。
野球にはチームに貢献した選手の栄誉を讃える永久欠番というものがありますが、パドレスの欠番扱いに「レイ・クロック」の名前があるのをご存じでしょうか。
レイ・アルバート・クロック(1902〜1984) 。
ソフトバンクの孫正義さんも、ユニクロの柳井正さんも尊敬する辣腕経営者……みなさんご存じ、ハンバーガー・チェーン「マクドナルド」の創業者です。
シカゴに生まれたレイは高校を中退すると、クラブでのピアノ弾き、不動産業、紙コップ、家具、ミキサーのセールスマン……とさまざまな職については猛烈に働きました。
《クロックは自分を信じ、自分だけのアメリカンドリームがあると信じていた。もし夢に向かって懸命に努力を続ければ、ある日、ぱっと稲妻が走り、金と成功を掴むことが必ずできるのだと。》(『ザ・フィフティーズ』)
カリフォルニアでマクドナルド兄弟が営む画期的なアイデアのハンバーガー店の存在を知ると「このシステムは全米展開、いや世界に通用する」とフランチャイズの代理人となって働き、やがて巨額の借金をして買収したのはレイが50歳のときのことですから遅咲きの苦労人です。
2017年に公開された映画『ファウンダーハンバーガー帝国のヒミツ』(マイケル・キートン主演)では、マクドナルド兄弟=純朴、レイ=金の亡者みたいに描かれていましたが、話はそう単純ではありません。
ただ、将来のビジョンの違いは決定的でした。
《「私は金を崇拝したこともないし、金のために働いたこともない。ただ自尊心と達成感のために働いてきた。金は厄介な代物だ。手に入れるより、追いかけている方がずっと面白い。面白いのは、ゲームそのものだ」》(『ザ・フィフティーズ』)
《「仕事ばかりし遊ばなければ人間駄目になる」という格言があるが、私はこれには同意しない。なぜなら、私にとっては、仕事が遊びそのものだったからだ。》(『成功はゴミ箱の中に』)
大谷翔平選手は運を掴むために落ちているゴミを拾うといいますが、レイも店の敷地に落ちているゴミがあれば率先して拾い、従業員にも清潔、丁寧な接客、品質管理、スピードを徹底的に求めました。
仕事以外には何の興味もないレイでしたが、野球だけは例外で、チームのオーナーになるのは昔からの夢でした。
(野球好きだったレイは、1932年のワールドシリーズ「ヤンキース対カブス」戦のチケットを買うために朝の2時から球場に並び、その試合でベーブ・ルースの予告ホームランを目撃しています)
大成功を収めたレイは、球団創設から6年連続で最下位に低迷しているサンディエゴ・パドレスがワシントンD.C.へ移転するという話を聞きつけ、球団買収に動きました。
こうして1974年、72歳のときに念願のメジャーリーグのチームオーナーとなったのです。
サンディエゴ市民も町に球団を残してくれたレイを大歓迎しました。
観客動員数をみると、1969〜73年の5年間の平均が59万4000人なのに、レイが球団を買収した74年には107万人と100万人を突破し、チームは相変わらず最下位争いなのにもかかわらず5年目には160万人を達成しています。
さすが、凄腕経営者、球団運営もうまかったのですね。
さて、マクドナルドの定番メニューの一つに「フィレオフィッシュ」があります。
アメリカで最もフィレオフィッシュが売れているのはハワイ州で2番がオハイオ州。フィレオフィッシュはこのオハイオ州で誕生しました。
オハイオ州シンシナティでマクドナルドのフランチャイジーとして店をはじめたルー・グルーンは頭を抱えていました。
この地域の住民の87%はカトリック教徒だったのです。
カトリック教徒には毎週金曜日と、四旬節(早春に行われる40日間の悔い改めの期間)は肉を食べるのを控える習慣があります。
つまり、これらの日はハンバーガーを口にしないので、店の売上げが激減するわけです。
このままではまずいぞ。
自身もカトリック教徒だったグルーンが考えたのが、肉の代わりに魚の切り身のフライを挟んだ「フィレオフィッシュ」でした。
しかし、販売するにはマクドナルド本社の許可が必要です。グルーンはシカゴのレイを訪ねプレゼンしましたが、「店が魚臭くなるからダメ」と却下されます。
NOの理由はもうひとつあって、実はレイにも独自の肉抜きサンドのアイデアがあったのです。
それはレイの大好物、スライスしたパイナップルの上にチーズを載せて焼いたものを挟んだ「フラ・バーガー」でした。
粘り強く交渉を続けるグルーンにレイは自信満々にこう申し出ます。
「わかった、ルー。金曜日にきみのフィレオフィッシュと僕のフラ・バーガーの2つをメニューに加えてみよう。で、売れたほうを正式に採用しようじゃないか」
こうしてある金曜日、どちらが売れるかのテスト販売が行われました。
結果は「フィレオフィッシュ」の売り上げ350個、「フラ・バーガー」は6個。
レイは素直に完敗を認めます。
《庶民感覚を持ち続けた実業家、それがレイ・クロックだった。大衆の嗜好を先取りする本能があるのだと誇らしげに語っていたが、たしかに誇るだけのことはあったし、見通しが外れることは稀だった。》(『ザ・フィフティーズ』)
そんな稀な例のひとつがこの「フラ・バーガー」事件でした。
ただ、もとのレシピの原料はオヒョウでしたが、価格が高くなるためスケトウダラに変更となり、さらにもうひと工夫ということでスライスチーズを加えることになりました。
こうして1963年、フィレオフィッシュはマックの定番メニューとして登場したのです。
フィッシュバーガーを提供しているハンバーガー・チェーンは他にもあります。どんな魚を使っているのでしょう。
主なハンバーガー・チェーンのサイトで原材料を見ると、マクドナルド、バーガーキング、ドムドムバーガーは「スケトウダラ」。モスバーガーは「ホキ」。フレッシュネスバーガーは「ホキ」と「シロイトダラ」を使っているようです。
スケトウダラは白身フライやすり身など加工品の原料になるのがメイン。
鮮魚で流通することは少ないので鮮魚店で尾頭付きを見ることも生食するのも稀なのですが、北海道の居酒屋で一度だけ、ルイベにしたものを食べたことがあります。
マダラみたいなものだろうと予想していたのですが、口の中で溶けると、ものすごく甘みがあって驚いた記憶があります。
レイ・クロックの話に戻りましょう。
81歳で死去するまでレイはパドレスのオーナーを務めました。
亡くなったのは1984年1月。
そのシーズン、チームは奇跡を起こします。
1969年の球団創設以来、ほぼ毎年最下位争いをしていた弱小チームのパドレスが大方の予想を覆してまさかまさかの快進撃。球団史上初めてナ・リーグを制覇したのです。
(このときブルース・ボウチーは控えの捕手でした)。
ワールドシリーズではデトロイト・タイガース*に敗れましたが、チームはレイのイニシャル“RAK”を永久欠番と同格の欠番扱いとして、その功績を讃えたのです。
最後にエピソードをもうひとつ。
1918年、16歳のレイは年齢を詐称して第一次世界大戦に陸軍に志願しています。配属された衛生隊で同じシカゴ生まれで一つ年上の男と出会いました。
《私の配属された隊は、訓練のためにコネティカット州に集まり、そこでもう一人、年齢を偽って入隊していた人物に出会った。私たちが休日には街へ繰り出して女の子を追っかけ回している間も、彼は宿舎に残り、絵を描いていたことから、変わり者呼ばわりされていた》(『成功はゴミ箱の中に』)
その変わり者と呼ばれていた男こそ、ウォルト・ディズニー(1901〜1966) でした。
つまりですよ、その後一人は「地球上で一番ハッピーな場所」で、もう一人は「ハッピーセット」で大成功したというわけです。
では、来年もみなさんがハッピーに過ごせることを祈って、よいお年を!
◯追記
タイガースのオーナーはこの年、球団を買収してオーナーとなった孤児院育ちの実業家、宅配ピザ「ドミノ・ピザ」の創業者トーマス・モナハン(1937〜)
でした。奇しくも1984年のワールドシリーズはファストフードのオーナーの新旧対決となったのです。
*参考文献
『成功はゴミ箱の中に』レイ・クロック/プレジデント社
『ザ・フィフティーズ』デイヴィッド・ハルバースタム/新潮OH!文庫
『ファストフードが世界を食いつくす』エリック・シュローサー/草思社文庫
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