今月の魚アーカイブ

翻車魚 まんぼう

2024.03.1
翻車魚 画像

君たちはどう生きるか。
マンボウと「老後」50年問題。

先日、地元の魚屋さんでマンボウの切り身と腸がパックで売られていたんですよ。魚屋さんに並んでいるのを見たのは初めてだったので驚きました。
マンボウってどこで獲れるのだろう?
漁獲データはなかったのですが、「マンボウなんでも博物館」というサイトが調査結果を載せていました。
限られたデータではあるのですが、主な漁獲地は岩手と宮城なのだとか。南の温かな海にプカプカ浮いているイメージだっただけに、ちょっと意外でした。


マンボウはフグの仲間で、たくさんの卵を持つ魚のひとつと言われています。
「マンボウは一度に3億粒の卵を産む」と耳にしたことはありませんか?
先のサイトの運営者でもある澤井悦郎さんの著書『マンボウのひみつ』によると、これ、誤りなんですって。
まだわかっていないというのが正確で《1000万個以上はありそうだが……正直微妙なところである。現状ではマンボウの抱卵数が明確に何個とはハッキリ言えず、未来の研究に委ねられている状況だ。》
おなじみの魚卵と数を比べてみましょう。
「いくら」(サケ)=3000〜4000粒
「かずのこ」(ニシン)=5〜10万粒。
「たらこ」(スケトウダラ)=20〜50万粒。
「からすみ」(ボラ)=200万粒。
クロマグロ(10歳、200cm以上)で約1500万粒だそうです。
魚は大きな卵を少量産む派と小さな卵をたくさん産む派に分かれますが、前者の代表といえばサケやサメ、後者の代表がマグロやマンボウでしょう。


生物の生存戦略は多様です。
「日本総研」は2023年に生まれた日本の子どもの数は約72万6000人と推計しました。これは統計を開始した1899年以降もっとも少なく、出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数の指標)は1.20前後に低下する見通しだとしています。
一般的に先進国の出生率は低く、OECD加盟38ケ国の平均は1.58です。
出生率問題で日本よりも深刻なのがお隣の韓国です。
4.53(1970年)から10年間で2.82(1980年)に急降下すると、98年に1.46と危険水域といわれる1.5を切り、2018年には0.98と1を下回りました。
以後ずっと1を上回ることなく、昨年末に韓国統計庁が発表した23年の出生率の推計でも0.72。25年には0.65まで低下する見込みです。
「このままでは韓国がなくなる」と危機感を抱く人も少なくありません。


逆に先進国で出生率がダントツに高いのがイスラエルの3.0。2位のフランス1.8に大きく差をつけて40年以上も3.0前後で推移しています。
ちなみにイスラエルと戦闘状態にあるハマスが拠点を置くガザ地区もイスラエルと同じくらいの出生率みたいですね。
いずれにせよ、世の中から殺し合いがなくなることを祈るばかりです。


さて、マンボウは長生きする魚とも言われています。寿命もまだよくわかっていないのですが、100年くらいと考えられているようです。
人生100年時代といわれる日本人と同じなんですね。


多くの国が平均寿命を伸ばすなか、縮んでいるのが米国です。
73.61歳(1980年)、75.21歳(1990年)、76.64歳(2000年)、78.54歳(2010年)と伸びていましたが、2010年代に入ると伸びが鈍り、14年=78.84歳、15年=78.69歳、16年=78.54歳とむしろ後退します(世界銀行調べ)
死亡率が上昇した原因は、自殺、ヤク中(薬物の過剰摂取)、アル中(アルコール性肝臓疾患)などによる死亡の増加です。
若い世代の死は高齢者の死に比べ平均寿命にはるかに大きな影響を及ぼします。2015年にノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンはこれらを「絶望死」と名付けました。
「絶望死」がクローズアップされたのは2016年秋の大統領選挙。
大方の予想を覆してドナルド・トランプがヒラリー・クリントンを破った理由の一つが、「絶望死」の多い州でトランプが圧倒的な支持を得たからです。


その後の米国の平均寿命はどうかというと……
トランプが大統領に就任すると17年=78.54、18年=78.64、19年=78.79歳とやや持ち直しましたが、2020年はコロナ対応のまずさも重なり76.98歳に激減し、ジョー・バイデン大統領に変わった21年も76.33歳と1990年代半ばの水準にまで落ち込んでいます。
今秋には米国大統領選挙が控えています。誰が大統領になるのかとともに米国の平均寿命の推移にも注目したいところです。


それにしても「寿命」というものは不思議です。
昨年秋の厚生労働省の発表では、長寿国日本に100歳以上は9万人以上もいますが、110歳以上となると約150人と急に絞られます。
世界一長生きした人はフランス人女性のジャンヌ・カルマンさん。122歳まで生き(1997年死亡)、120歳を超えて生きていた唯一の人類とされています(日本の最高齢記録は119歳)。
とすると、平均寿命は伸びてもマックス110歳くらいなのかもしれません。
65歳の定年後、50年も生きるとなると実に長い「老後」です。人生のほぼ半分が余生になるのでしょうか。
1937(昭和12)年、日本の平均寿命が50歳に満たない時代に吉野源三郎は「君たちはどう生きるか」と若者に問いかけましたが、これからは中高年に向けてこそ問うべき問題なのかもしれません。


少しずつ老いていく「老化」は私たちにとっては身近なものですが、自然界では珍しい現象です。
東京大学定量生命科学研究所教授の小林武彦さんは著書でこう記しています。
《野生の生物に老化はそもそもないのです。》《生態系は、基本的に「食べる–––食べられる」の関係で維持されているので、動きが悪くなるとすぐに「食べられて」死んでしまうのです。》(『なぜヒトだけが老いるのか』)
一般的にヒト以外の生物の場合、老化期間は短いかほとんどなく、老化と死がほぼ同時に訪れる=ピンピンコロリが基本だと、小林先生はサケやゾウを例に説明します。
《遡上中には老化していません。老化していたらとても川を遡ることはできません。つまりサケの老化は、産卵後に起こります。ということは、ほんの数日間で急速に老化して死ぬわけです。》《産卵・放精後の生理的な変化として、急激な脳の萎縮が観察されます。これにより、そこから出るホルモンが低下し器官の制御が壊れ、「突然死」しているようです。》
《ゾウは基本的には老化症状を示さず、死ぬときには心筋梗塞などの循環器系の不具合が原因で、ピンピンコロリというわけです。結果的に、老いたゾウは存在しないのです。》
しかしヒトには長い老後が存在します。
《進化の過程で、長い老化した期間がある生物は選択されてこなかった、生き残ってこられなかったにもかかわらず、ヒトだけが例外的な存在になったのです。》


失敬な! ワシはまだ老いぼれとらん!
何歳から老後なのか。人によって考え方はさまざまですが、平均すると男女ともに67歳くらいからを老後と考えているようです。(ライフネット生命「老後を変える全国47都道府県大調査2019年版」)
小林先生は、生物学的にはヒトの生殖可能な閉経までの約50年(未成熟期間も含む)が「老化していない期間」で、その後、亡くなるまでの約30年を「老後」と捉えています。
《クジラの仲間であるシャチとゴンドウクジラはヒトほどではないのですが、老後があります。しかしそれ以外の生物は、なんとほとんど「老後」はありません。死ぬまで子供が産めるのです》
《ヒトと同じ大型霊長類であるゴリラとチンパンジー(中略)も大体ヒトと同じ時期に閉経を迎えますが、子供が産めなくなったらすぐに寿命を迎えて死んでしまい、老後は無いのです。》


なぜヒトにだけ長い老後があるのでしょうか?
有名なのが「おばあさん仮説」です。
チンパンジーの寿命は約35歳(1歳未満で死亡した個体を除く。性別にみるとオス=平均35.7歳,メス=平均33.4歳とオスのほうがやや長生き/京都大学野生動物研究センターHP)ですが、10歳くらいから死ぬまで子供を産み続けることができます。
ただ、子供は乳離れするまで(3〜5年)母ザルにぴったり引っ付いているため、母ザルは1匹しか面倒をみることができません。
子育て中は次をつくらないのでチンパンジーの出産間隔は5〜7年と長く、子供の死亡率も高いため、一生に残せるのは2~3匹なのだとか。
対して、ヒトは毎年子供を産めます。しかし、母親1人でたくさんの乳幼児の世話をするのは無理。
そこで母親の母親(おばあちゃん)が育児に参加できる、つまり子供を産めなくなったあとも死なずに生き続ける遺伝子を持つ種が進化に有利に働いたというものです。


ネアンデルタール人は4万年ほど前にホモ・サピエンスによって滅ぼされました。私達の祖先が生存競争に勝った理由のひとつに集団の大きさがあったといいます。
ネアンデルタール人が100人ほどの集団であったのに対し、ホモ・サピエンスは1000人規模だったそうです。
もしかするとこの差は、ホモ・サピエンスのおばあちゃんたちが娘たちの育児を助け、より多くの子孫を増やした結果なのかもしれません。


*参考文献
『マンボウのひみつ』(澤井悦郎/岩波ジュニア文庫)
『生物はなぜ死ぬのか』(小林武彦/講談社現代新書)
『なぜヒトだけが老いるのか』(小林武彦/講談社現代新書)
『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎/岩波文庫)
『大脱出 健康、お金、格差の起源』(アンガス・ディートン/みすず書房)
『絶望死 労働者階級の命を奪う「病」』(ニコラス・D・クリストフほか/朝日新聞出版)
『運も実力のうち 能力主義は正義か?』(マイケル・サンデル/早川書房)
京都大学野生動物研究センターHP

今月の魚アーカイブ

今月の魚アーカイブ

トップページに掲載していました好評連載「今月の魚」は、HPリニューアルに伴い終了いたしました。つきましては、バックナンバーを「マッハBlog」に移しましたので、おなじみの魚たちを歴史や文学、スポーツなどさまざまな話題と絡めて“料理した”知的なエッセイの数々を引き続きお読みいただけます。