Web版 解説ノート

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2 部

2022年5月20日(金)更新

食卓でお馴染みの貝のこと。

2022年5月20日(金)更新

私たちが日常よく口にする貝の代表ともいえるホタテ、カキ、アサリはどんな一生を過ごす生き物なのでしょう。身近な貝の意外と知らない横顔をご紹介しましょう。

食用貝の王様として君臨する「ホタテ」

刺身でもフライでも美味しいホタテガイ。主に食べるのは貝柱ですが、ヒモも美味です。このヒモと呼ばれる外套膜をよく見ると、黒ゴマのようなツブツブが80個くらい点在しているのがわかります。これはホタテガイの眼です。眼とはいっても原始的なもので、明るさを感知できるくらいだそうです。

ホタテガイの写真

貝ですから動きは鈍そうですが、天敵のヒトデから逃げるときは貝殻を開閉させて水を噴射して、素早く逃げることができます。

ホタテガイは産まれたときはすべてオスです。で、1年後に半数がメスに性転換します。オスとメスの見分け方は三日月型をした生殖巣の色で、オレンジ色っぽいのがメスで、白っぽいのがオスです。

貝類の年間生産量をみるとホタテガイは第2位のカキに圧倒的な差を付けてトップ。食用貝の王様として君臨しています。代表的な生産地は北海道と青森です。

ホタテガイは1年で約2cm、3年で約9cm、4年で約11cmに成長しますが、漁獲の大部分は、「地まき式」「垂下式」という2種類の増養殖方式で生産されています。

「地まき式」とは、ヒトデなどの天敵を駆除した水深30mくらいの砂礫質の海底にホタテの種苗をまき、自然に成長するのを待ち、大きくなったところを桁(けた)曳き網で漁獲する方式です。

ホタテ桁曳き網の写真
ホタテ桁曳き網

広いホタテ漁場を有する産地では漁場を4区画前後に分け、毎年、区画を変えて種苗放流し、それぞれの区画で3~4年間成長させてから順次漁獲します。ですから毎年サイズの揃ったホタテガイが安定出荷できるのです。

「地まき式」は初夏から秋が水揚げの最盛期で、主にホタテ貝柱や干貝柱などに産地で加工されています。

「垂下式」は海面に養殖施設を組み、種苗をカゴに入れたり、貝殻の耳に穴をあけテグスで海中に吊り下げたりして成長させます。1960年代はじめに始まった養殖方式ですが、「地まき式」に比べると狭い海域でも大量に生産できます。

「垂下式」は冬から春にかけて水揚げされることが多く、主にボイルホタテ、むき身ホタテなどに加工され、出荷されています。

ホタテガイは国内で消費されるだけでなく、中国やアメリカなど海外にもたくさん輸出されています。あまり知られていませんが、数ある日本の農林水産物のなかで輸出額のトップはホタテです。

古今東西の英雄たちが愛した「カキ」

カキは武田信玄、シーザー、ナポレオンも好んで食べたといいます。漢字で書くと「牡蠣」。「牡(おす)」という字を当てているのは、古代の中国ではカキはすべてオスだと考えられていたためといわれています。

カキの写真

実際、カキの性別はややこしく、秋から冬の生殖を終了した生殖巣を顕微鏡で見てもオスメスの判断はつきません。生殖巣が発達する初夏になると判別は可能になるのですが、性は一定ではなく、栄養が豊富だとメスに、そうでないと雄に性転換するようです。

生食を嫌う欧米の食文化のなかでカキだけは例外的に生食として発達した食材です。日本人が生ガキを食べるようになったのは明治以降。それまでは蒸す、焼くなど加熱調理するか、酢じめにして食べていました。

生ガキはフランス料理のオードブルとしても有名ですが、フランスで養殖しているカキの99%は日本のマガキの子孫です。1970年代にヨーロッパの在来種のカキが病気でほぼ全滅してしまったので、病気に耐性のある日本産(主に宮城産)のマガキを輸入して養殖するようになったのです。

カキ養殖の歴史は古く、ヨーロッパでは古代ローマ、日本では室町時代の後期に安芸国(現・広島県)で始まりました。

現在の養殖の主流は1950年頃に発明され、急速に普及した「筏式垂下養殖法」です。カキの幼生が浮遊し始める夏にホタテの貝殻を海中に吊るして幼生を貝殻に付着させ、植物プランクトンの豊富な海で、水温に応じて水深を変えながら約1年育てます。

カキの筏式垂下養殖法のイラスト
カキの筏式垂下養殖法

養殖カキの生産量日本一は広島県で、全国総生産量の約6割を占めています。広島のカキはほとんどが加熱用のむき身として出荷されています。

「アサリ」の消費量トップは山梨、甲斐の国。

潮干狩りでもおなじみのアサリは本州や九州では春と秋、北海道では夏に産卵します。

東京湾のアサリの写真
東京湾のアサリの模様は一つ一つが個性的

生まれたばかりのアサリの幼生は海中を浮遊し、時には潮の流れにのって100kmも移動することもあるそうです。2〜3週間で親に近い形の稚貝になると足糸と呼ばれる細い糸で海底の砂にくっつきます。10mmほどの大きさになると砂に潜るようになり、25mmを超えると産卵を始めます。

岸寄りで育ったアサリの貝殻は団子状に丸く殻も厚く、沖側で育ったものは殻は薄く平べったい形をしています。

アサリは世界中で食べられていますが、ヨーロッパでは1960年代半ばにアサリが激減してしまったためにアメリカから輸入し、アドリア海などで養殖するようになりました。

こう記すと現在のヨーロッパのアサリはアメリカがルーツのようですが、実はこのアメリカのアサリ、もとをたどると明治時代に宮城県から輸出された養殖用のマガキに混ざって海を渡り、アメリカとカナダの西海岸で大増殖したものなのです。

とはいえ、日本も1980年代前半をピークに、漁獲量が大きく減少してしまいました。一部地域でアサリの養殖も行われていますが、多くは自然繁殖に依存しています。

天然のアサリの出現量は年によって大きく変動します。好条件では、それこそ湧くように増えるのですが、現在、10mmに満たない稚貝はたくさんいても、20mm以上に育つ前にいなくなってしまうのだそうです。

着底できる場所作り、十分なエサ(植物プランクトン)の供給、海水中の酸素、天敵対策……、アサリを大きく育てる研究は続けられていますが、大量のアサリが中国から輸入されています。

2022年、熊本県産のアサリの産地偽装が問題になりました。もちろん偽装はよくないことですが、これもアサリの漁獲量の激減が招いた結果です。アサリが育つ海を取り戻すことが急務なのです。

貝に願いを

貝に願いを

貝に願いを

日本には約2500の貝塚があるように、先史時代から私たちは貝を常食していました。食べるだけでなく、貝殻はナイフや腕輪にも利用しました。綺麗で美味しい貝の特集です。

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