鯰
なまず
2023年10月2日 掲載
戦国時代と東西冷戦とナマズ。
関東大震災から100年の今年。地震といえばやはり……ということで今日はナマズのお話です。
今シーズン、ロスアンゼルス・エンジェルスのホームラン・セレモニーが日本の兜というのには驚きましたね。
あの兜は平安・鎌倉時代のスタイルです。
戦国〜安土・桃山時代になると、武将たちの自意識の高まりを表すかのように兜のデザインは個性化、巨大化していきました。
織田信長の配下だった蒲生氏郷(がもう・うじさと)と前田利長は、「ナマズ」をモチーフにした「銀鯰尾形兜」(ぎんなまずおなりかぶと)という天に向かってニョキッと長く伸びた形の兜を着用しました。
現在、滋賀県と富山県にある2人の銅像もこの兜姿です。
富山市郷土博物館に所蔵されている「銀鯰尾形兜」の現物は高さが127.5cmもあります。
もしもこの兜がホームランセレモニーに使われたとしたら、米国での反応はかなり微妙なものになったのではないでしょうか。
なんか形が『コーンヘッズ』みたいで妙ですし、第一大きくて邪魔です。そもそも「なんでナマズなの?」と問われるでしょう。
昔から日本ではナマズは大地を揺るがすパワフルな動物と考えられ、武将にとっては敵を蹴散らす縁起のよいものとされていました。
蒲生氏郷は大将であるにもかかわらず、一際目立つこの兜をかぶって馬に乗り、最前線で戦いました。無謀な戦い方ですが、家臣たちは巨大兜を目印に「殿に続け〜っ!」と勇気凛々、蒲生隊は最強軍団だったといいます。
氏郷は戦さが無双だっただけではありません。
城造りもうまく、厳しい反面、気前よく恩賞を与えたことから家臣の人望も厚く、内政面でも楽市楽座を奨励するなど、まちづくりの手腕も抜群でした。
しかも、能や和歌もたしなみ、なかでも茶道は「利休七哲」のひとりに数えられるほどの教養人で、戦国武将にしては珍しく側室を置くこともありませんでした。
そんな氏郷を6歳年下の利長は兄のように慕ったといいます。
氏郷と利長はともに信長の娘を娶っていますから、信長は2人を高く買っていたのでしょう。
本能寺の変で信長がこの世を去り、豊臣秀吉が権力を握ると、氏郷は秀吉に従う道を選択します。
北条氏を滅ぼし、続く奥州仕置で東国を制圧した秀吉は、獅子奮迅の働きをみせた氏郷に伊勢・松坂から陸奥・会津への国替えを命じ、伊達政宗・最上義光ら東北の曲者と関東のたぬき親父・徳川家康の監視・牽制にあたらせます。
氏郷に与えられた領地は92万石。これは徳川家康、毛利輝元に次ぐ3番目の石高でした。
一方の利長も秀吉と対立した柴田勝家に味方するなど紆余曲折はありましたが、家康が関ヶ原の戦いで覇権を握ると、加賀・越中・能登の3ヶ国にまたがる120万石を与えられ、日本最大の大名となります。
奇しくもナマズの兜を被った2人は稀にみる大出世をしたのです……なんてことを米国人に説明するのは面倒臭いですもんね。
さて、日本でナマズを食べる地域は限られていますが、世界的には広く食されている魚です。
2000年くらいまで世界のナマズの生産量の半分を占めていた国がどこかというと、意外かもしれませんが米国です。
米国でのナマズ養殖は1960年代初頭、ミシシッピー川中下流地域のアーカンソー、カンザス、オクラホマ3州あたりで始まりました。
ナマズは南部の貧困層が食べるものというイメージでしたから、当初、ナマズの養殖が成功すると考えた人は少なかったようです。
《ところが、大方の予想とは違って、養殖アメリカナマズの出荷量は1964年の2690トンから始まって、70年代後半にその10倍、80年代後半に50倍、90年代後半には100倍と、倍々ゲームで急伸していった。消費地もミシシッピー流域から、東海岸や西海岸の大都市へと広がる》(『ナマズの博覧誌』)
ミシシッピー川の豊富な水量で育てられたナマズには生臭さがなく、しかも出荷されるのはほとんどが切り身ですから、本来の姿を知らぬまま「ま、白身だし、タラみたいなものなんじゃね?」というアバウトな感じで広まったといいます。
米国人1人あたりの消費量の多い水産物トップ10(2013年)をみると……
1位 Shrimp(エビ)
2位 Salmon(サケ)
3位 Tuna can(ツナ缶)
4位 Terapia(ティラピア)
5位 Pollock(スケトウダラ)
6位 Pangasius(バサ、チャー)
7位 Cod(タラ)
8位 Catfish(ナマズ)
9位 Crab(カニ)
10位 Clam(ハマグリ)
なんだナマズは8位じゃないか……と思われるでしょうが、実は6位の「Pangasius(パンガシウス)」もメコン川、チャオプラヤ川などに生息するナマズの仲間です。
「バサ」は東南アジアで最初に養殖されたナマズ。「バサ」に続いて養殖に成功したのが「チャー」で、これは世界屈指の巨大淡水魚メコンオオナマズと同属の1mを超える大ナマズです。
現在、ナマズを養殖している主要国はベトナム、中国、インドネシアの3国。
輸出はベトナムがトップで、最も輸入しているのが米国。つまりベトナムナマズが米国市場を席巻しているのです。
ベトナムに押されているとはいえ、2021年には14万トンのアメリカナマズが生産されています。
これは米国の養殖魚生産の6〜7割にあたる重量なのだとか。
ニューオリンズあたりに行くとナマズのフライの看板をよく見かけますが、全米でそれほど需要があるとは驚きでした。
日本では7月2日が「ナマズの日」です。調べてみると米国にも「ナマズの日」はあって、6月25日なんですね。
ただ、日本の「ナマズの日」が民間団体の認定なのに対し、米国の「National Catfish Day」は上・下院の共同決議に基づいてロナルド・レーガン大統領が布告した、れっきとした国の公式行事です。
いわば、ナマズは大統領お墨付きの米国の魚。
そうか、レーガンの時代に制定されたのか……。
1987年に「ナマズの日」が制定された2年後、ベルリンの壁が崩壊すると、ハンガリー、チェコ、ルーマニアなど東欧各地で革命が続き、1991年、雪崩を打つようにソビエト連邦が瓦解しました。
ヨーロッパだけではありません。アジアでもフィリピンのマルコス政権がピープルパワー革命で倒れ(1986)、韓国で16年ぶりに民主的な選挙が行われた(1987)のも同じ流れ、ベルリンの壁崩壊の前哨戦のようなものでした。
あのとき世界はまるで巨大ナマズが大暴れしたかのように揺れました。
で、ですよ。
米国の国民的小説といわれる『トム・ソーヤーの冒険』では、トムが親友のハックとナマズ釣りに行こうとすると、判事の娘・ベッキーがついてきて、ひと騒動あるわけですが……。
ベッキーのファミリーネームを覚えていますか?
なんとサッチャーなんです。
いわゆる新自由主義を採用し、世界に激震を与えた西側のリーダーが米国のレーガン大統領と英国のマーガレット・サッチャー首相ですから、ナマズつながりって考えると、ちょっと面白いですよね。
冷戦が終わり、平和な世界が訪れることを多くの人が期待しました。
しかし、残念ながらそうはならず、むしろ、より複雑で危険な状況に世界が陥ってしまったことに気づくのに、そう時間はかかりませんでした。
*参考文献
『ナマズの博覧誌』秋篠宮文仁・緒方喜雄・森誠一編著(誠文堂新光社)
『変り兜』橋本麻里(新潮社)
『レオン氏郷』安部龍太郎(PHP文芸文庫)
『トム・ソーヤーの冒険 』マーク・トウェイン(新潮文庫)
『ウルカヌスの群像―ブッシュ政権とイラク戦争』ジェームズ・マン(共同通信社)
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