Web版 解説ノート

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3 部

2023年12月20日(水)更新

世界がイワシを求めている

2023年12月20日(水)更新

養豚・水産養殖に欠かせないイワシ

第2部で見たように、イワシは干鰯や魚油に加工され、日本人の暮らしを大きく変えました。

現在でも、イワシは食用以外でも役立っています。イワシがどんなふうに利用されているのでしょうか。

用途別のデータをみると、カタクチイワシの48%、マイワシにいたっては76%が非食用。多くが「フィッシュミール(魚粉)」の原料になっているのです。

マイワシの用途とカタクチイワシの用途の図表

フィッシュミールとはイワシなど多獲性の魚や加工の際にでる魚の残滓を大きな釜で煮熟し、圧搾機で油と水を分離したのち乾燥、粉末状にしたものです。製造過程で得られる油分を精製したものが魚油です。

この魚油は配合飼料に添加されるフィードオイルに利用されるほか、マーガリン、ショートニング、石鹸などの原料になっています。さらに、不飽和脂肪酸(DHA、EPA)を多く含むことからサプリメントの原料としても注目を集めています。

フィッシュミールは1960年代には主として養鶏と養豚のために使われていました。ところが世界的に魚の養殖が盛んになったことで、2000年代には養殖魚のエサが用途の半分以上を占めるまでに急増しました。

フィッシュミールの用途の図表

かつての魚類養殖では解凍したイワシなどを丸のまま「生餌」として与えていました。しかしその方法では、エサの臭みが養殖魚に残り、また食べ残しが海底に溜まり漁場を汚すなどの問題が生じました。

そのため、新たな養殖のエサとしてフィッシュミールを主原料とした粒状のエサが開発されました。冷凍生餌などと混合して作るモイストペレットや、固形のドライペレットなどです。こうしてフィッシュミールの利用が拡大し、原料のイワシ類などはますます重要な魚となりました。

現在、フィッシュミールや魚油は主に南米のペルーやチリから輸入しています。

かつて日本でもイワシが大量に漁獲されていたころは、南米が不漁だったこともあり、イワシをフィッシュミールや魚油に加工して輸出していました。しかし、漁獲量が激減してからは輸入に頼らざるを得なくなっています。

現在も世界の水産養殖は右肩上がりに急成長中で、フィッシュミールの需要は高まっています。しかし、原料となるイワシは漁獲量が大きく変化します。

養殖業の図表

供給が不足して価格が高騰すると、養殖業では経費の6〜7割をエサ代が占めていますから、業者にとっては死活問題です。また、極端に不足すれば、業種間、国家間でフィッシュミールの奪い合いが起きてもおかしくありません。

今後、海洋資源保護や持続可能性の観点からも代替飼料を開発するなど、フィッシュミールに頼りすぎない養殖技術の発達が求められています。

なぜ豊漁と不漁を繰り返すのか?

マイワシは資源量の増減が激しい魚です。1980年代、日本の年間総漁獲量は1100万~1200万㌧台で世界一。その約40%を占めていたのがマイワシでした。

ところが90年代になると全くといっていいほど獲れなくなりましたが、2010年代からは再びやや増加の傾向にあります。

また、マイワシが多いときはカタクチイワシが少なく、逆にマイワシが減っているときはカタクチイワシが増えるという傾向が知られています。

このような漁獲量の多い魚種が入れ替わることを「魚種交替」と呼びます。これは日本の海だけではありません。南米の同じ海域にいるチリイワシとペルーカタクチイワシとの間でも「魚種交替」が認められます。

マイワシは約60年の周期で増減を繰り返しています。なぜこのような現象が起きるのか、はっきりと解明されてはいませんが、数十年単位で気候が急激に変化する「レジームシフト」と呼ばれる現象が深く関わっていると考えられています。

銚子魚市場の水揚げ風景の写真
銚子漁港の水揚げ

水産資源研究所に話をうかがいました。

「北太平洋の気候レジームシフトは20世紀を通じて20年代、40年代、70年代と3回生じたことが明らかにされています。

この変化とマイワシの変動を比べてみると、マイワシの豊漁期はアリューシャン低気圧の勢力が強い時期と重なります」(古市 生さん)

つまり、マイワシは寒冷期に獲れ、温暖期には獲れない傾向にあるのです。

でも、おや? という疑問が湧きます。現在は温暖化といわれるように水温が上昇し、ブリやサワラなど南方系の魚の分布域がどんどん北上しています。

にもかかわらず冷水域を好むマイワシが増えているのはどういうわけなのでしょう?

「マイワシが増えているのは研究者の間でも謎なのです。増える環境になっていないはずなのに増え始めているのです」(由上龍嗣さん)

マイワシを語るとき、80年代の豊漁がよく引き合いに出され、増えるときはこの水準まで増えると思いがちですが、漁獲データが取れているのはせいぜいここ100年でしかありません。

80年代の豊漁はかなり特異な数値なのではないか、という最近の研究があります。

これは海底に溜まった鱗の量を計測して、過去2800年のマイワシの資源量の変化を推定したもので、それによると80年代の爆発的な資源の増え方は、ここ500年でも最高レベルです。

この研究から意外なこともわかってきました。現在、マイワシとカタクチイワシは、一方が増えるともう一方が減る魚種交替があると考えられていますが、2800年という長いスパンで見た場合、明確に魚種交替が起きた時期はわずかで、どちらも増える時期もあれば、減る時期もある。大半が不明瞭です。

「ダイナミックな魚種交替という逆相関関係は、とりあえず20世紀はそうだった、としかいえないのかもしれないのです。

マイワシやカタクチイワシの増減が気候変動と関わっているのは確かですが、気候変動がきっかけでどの魚種が増えるかはわからない、と考えたほうがいいのかもしれません」(由上さん)

謎を解く法則が見つかったと思っても、また未知のことが現れてくる。海の謎は当分、解けそうもないから面白いのです。

世界はイワシでできている 2

世界はイワシでできている 2

世界はイワシでできている 2

イワシは世界で最も多く漁獲されている魚です。海の食物連鎖を支える重要なポジションであることを考えると、イワシこそが地球を代表する魚といっても過言ではありません。

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