Web版 解説ノート

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2022年7月20日(水)更新

ハゼは多様性のお手本、イクメンの師匠。

2022年7月20日(水)更新

日本で見られる魚の1割以上はハゼの仲間

ハゼというと、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。誰もが知っている魚ですが、魚屋さんではまず見かけませんし、水族館でも脇役的な存在。はっきり言って地味な存在です。でも、子どものころに近所の海や川でハゼ釣りをした経験のある人は多いと思います。

明仁上皇はハゼの研究者として有名です。2020年に、ご自身で9種目となる新種のハゼを発見したことは大きなニュースになりました。

「ハゼは非常に種類数が多く400種以上います。日本で見られる魚の1割以上はハゼの仲間で、新種もどんどん見つかっています」と解説してくれたのは、上皇陛下と幾度かハゼ談義をした経験のある和歌山県立自然博物館の平嶋健太郎学芸員。

「他の魚では見られないほどハゼは多種多様な進化を遂げていて、まさに多様性の見本のような存在です」

キヌバリ イドミミズハゼ ゴマハゼ キイロサンゴハゼ ゼブラハゼ ハタタテハゼの写真
上段左から
キヌバリ イドミミズハゼ ゴマハゼ
下段左から
キイロサンゴハゼ ゼブラハゼ ハタタテハゼ
撮影/福井歩

体長1cmほどの小さなゴマハゼもいれば、80cmにもなるハゼクチのようなハゼもいます。食性も肉食、雑食、草食とさまざまで、生息場所も海、汽水、川、湖とどこにでもいます。

逆にいうと、ハゼの種類が多くいる場所というのは、水質、底質、植物、昆虫といった環境も多様な状態にあるといえます。

「ハゼの種類が少ない場所は環境が均一である可能性が高い。ハゼを見れば、その場のいわば『環境の体力』がわかります」と平嶋さんは言います。

「驚くことにハゼは土の中にもいるんです。上水道用に地下水を汲み上げたら、フィルターに魚のようなものがくっついて目詰まりしているという報告を受け、見に行ったところ、目の退化したイドミミズハゼの仲間が数百匹いたんです。地下46mですよ。地下の奥深くには、僕らがまだまだ知らない生き物の世界があるのです」

ここまで多様だと、別の魚のようですが、同じハゼの仲間ですから、共通点があります。たとえば、腹びれは、ほとんどの種類で左右が癒合して吸盤のようになっています。背びれは2つあります。例外のハゼもいますが、基本の形はこのような感じです。

ハゼの腹びれの写真
左右の腹びれが癒合して吸盤のようになっている

もう一つのハゼの特徴は、オスがつくった産卵床にメスが卵を産み、孵化するまでオスが保護するというスタイルをとる種が多くいるということです。

一番身近なハゼ。マハゼの一生

マハゼはハゼの仲間のなかでもっとも数が多く、日本では北海道から種子島。 中国や朝鮮半島にも分布しています。

船のバラスト水(船を安定させるために船内に溜める海水)に混じって運ばれたためでしょうか、近年では、本来は生息していないはずのオーストラリアやアメリカでも定着し、繁殖しています。

マハゼのイラスト
イラスト/細密画工房

春、海底の巣穴で孵化した仔魚は、浮遊生活を始め、動物プランクトンを捕食しながら成長します。遊泳力がつくと浅い干潟や岸部へ向かい、体長1.5cmほどになると、底生生活に移り、餌はヨコエビなどの小型の甲殻類に変わります。

体長2cmくらいになるとゴカイなどの多毛類を捕食しはじめ、10cmくらいまで成長すると、大きな口でカニやエビ、稚魚を食べるようになります。基本的にマハゼは雑食性の食いしん坊です。

夏の育ち盛りのハゼは「デキハゼ」と呼ばれ、食欲旺盛で釣り人に親しまれています。この時期、小さなデキハゼに混じって釣れる、飛び抜けて大きなハゼは「ヒネハゼ」と呼ばれます。

これは前年、成長不良のために成熟できず、産卵しなかったハゼです。ハゼの個体数が多く、1尾あたりの餌が不足すると、ヒネハゼの出現率が高まるといわれています。

水温が下がるとともに、秋になると水深3〜5m、冬はより深くに移動します。水深10mくらいの深場(ケタ)に移動したハゼは「落ちハゼ」「ケタハゼ」と呼ばれます。

マハゼがいつ餌を食べているか、という調査では、ピークは日没前後と夜明け前の薄暗い時間帯。夜、暗いなかでも餌を見つけられるのは、嗅覚が発達しているためだといわれています。

メスが死んだ後もオスが卵を守る

冬から初夏にかけて産卵期を迎えると、マハゼのオスの口は穴を掘りやすい四角いスコップのような形になり、メスは卵で腹がふくれ、簡単に雌雄の区別がつくようになります。

ハゼのオス・メスの写真
左がメスで、右がオス。

オスは河口付近の水深2〜10m前後くらいの砂泥底に口を使って砂を掘り、3〜5つくらい出入口のある、直径5cm、深さ1.3mくらいのV字型の巣穴を作りメスを誘います。

どのオスを選ぶかの選択権を持っているのはメスです。大きく立派で強そうなオスが選ばれるような気がしますが、むしろ巣穴の出来具合がオスを選ぶポイントになるそうです。

メスは1回の産卵で約3万個の楕円形をした卵を巣穴の中の産卵室の天井に産みつけると一生を終えます。

受精した卵は孵化するまでに約半月かかりますが、この間、オスは何も食べずに、酸素を含んだ新鮮な水が卵にいきわたるように、まめまめしく世話をし、次の命が誕生するとオスもその役目を終え、死にます。

受精卵 孵化直前 孵化直後の写真
受精卵 孵化直前 孵化直後

東京湾のハゼについて、調査を実施しています。
江戸前ハゼ復活プロジェクト

ハゼが教えてくれること

ハゼが教えてくれること

ハゼが教えてくれること

魚屋さんに並ぶこともない地味な魚ですが、昔から日本人は身近に暮らすハゼを愛してきました。ハゼは環境や生物多様性から子育ての男性参加の大切さまで、多くのことを教えてくれます。

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