秋刀魚

秋刀魚

さんま

2022年9月1日 掲載

60年前の小津安二郎監督の遺作と、
激変した結婚観とサンマの漁獲量。

小津安二郎の遺作となった『秋刀魚の味』は、今からちょうど60年前の1962年11月に公開されました。64年の東京五輪まであと2年。映画は高度経済成長のシンボルでもある京浜工業地帯の風景から始まります。


妻に先立たれた初老の男が娘を嫁に出すという小津監督定番の変化する家族の機微を描いたドラマですが、今見ると、さすがにこれはアウトだろうというセクハラ、パワハラの台詞が散見されます。


上司が女性社員に対して「どうなの、君、お嫁にいく気ないの?」「そんなこと云ってたら、いつまで経ったって、君、お嫁にいけやしないよ」「そりゃいけないよ。そのままお婆ちゃんになっちゃったら困るじゃないか」……。


ああ、なんと恐ろしい発言でしょう。今なら吊し上げられること請け合いです。それにしても、おじさんたちの縁談話の好きなこと。


年齢設定は主人公・平山周平(笠智衆)57歳、娘・路子(岩下志麻)24歳。「もうそろそろいかないと……。お前も二十四だからね」と周平は娘に言います。


62年当時の女性の平均初婚年齢は24.5歳(男性27.3歳)。24歳を過ぎたら「クリスマスケーキ(売れ残り)」と言われる時代でした。


売れ残りとはひどい言い方ですが、60年代前半、25〜29歳女性の未婚率は約20%ですから、8割が結婚していたわけです(現在25〜29歳女性の未婚率は6割超)


また、映画のなかで、路子は意中の男性に恋人がいることを知り、父の勧める相手と見合いして嫁いだように、右肩下がりにあったとはいえ、60年代前半までは見合い結婚が恋愛結婚の件数をギリギリですが上回っていました。(60年代後半に逆転。現在は約9割が恋愛結婚)


60年安保、浅沼稲次郎刺殺事件、国民所得倍増計画……。62年にはテレビの受信契約が1000万を突破する一方で、映画の観客数は4年前のピークの半分に落ち込みました。


時代が大きく動くなか、変わらない小津の作風は「若者の動きは、フィックスのローポジでは掴めない。キャメラは対象を追うものだ。待っていてフレームの中に入る筈がない。入るのは年寄りだけだ」と、戦後世代の監督や批評家たちから痛烈に批判されもしました。


さて、『秋刀魚の味』といっても映画にサンマは登場しません。


なぜ、このタイトルになったのか。小津はこう語っています。《『小早川家の秋』を宝塚で撮影中、早く次回作の題名を決めて欲しいと、しきりに松竹から催促され、取敢えず『秋刀魚の味』とは決めたものの、腹案は何もなく、ただ、秋刀魚を画面に出すようなことはせず、全体の感じをそういうことにしようという気持ちだけであった》(キネマ旬報1964年2月増刊号・小津安二郎「人と芸術」)


それでも小津は「次回作〈秋刀魚の味〉なれば 早朝秋刀魚を食ひ 武運長久を祈りたり」(『蓼科日記』61年11月12日)と、サンマを食べてシナリオ執筆に取り掛かりました。


当時の日本のサンマの漁獲量をみてみましょう。史上最高を記録したのが58年で57万5087t。『秋刀魚の味』が公開された62年も48万3160tと豊漁です。


近年はといいますと、ご存じのように不漁続き。漁獲量は2019年が4万517t、20年2万9566t、21年1万8291t……。60年前とは桁が違う、なんとも悲しい数字であります。


7月に東京豊洲市場にサンマの初入荷がありましたが、《極端な不漁のため入荷はわずか10匹のみ。貴重品のため卸値は、同市場では過去最高値の1キロ当たり12万円、1匹だと1万3200円が付いた。》(時事通信7月15日)


庶民の味、平凡な日常生活の象徴だったサンマですが、残念ながら、今年もまたお預けのようです。


話を映画に戻しましょう。『秋刀魚の味』にサンマは登場しないと書きましたが、実はシナリオ段階では「サンマ」はあった……ともいえます。


主人公・周平が、旧制中学時代の恩師で、現在はうらぶれたラーメン屋を営む佐久間(東野英治郎)の店を訪れるシーン。そこに常連風の男(加東大介)がやってきて、チャーシューメンを注文します。


しかし、シナリオには……


客 (坂本芳太郎 48)「オイ、サンマーメン!」


チャーシューメンではなく、「サンマーメン」と記されているのです。


サンマーメンはサンマ入りラーメンではありません。戦後の横浜が発祥といわれる、醤油味ベースのラーメンに、肉・もやし・白菜などを炒めた熱々のあんをかけたものです。


もしかすると、この台詞は「『秋刀魚の味』なのにサンマが登場しないのは看板に偽りありだから、サンマーメンにしておこうか。なに、本番で変えりゃいいよ、ふふふ(笑)」みたいな、小津監督の茶目っ気なのかもしれません。


『秋刀魚の味』が公開された翌年の63年12月12日、奇しくも60歳の誕生日に小津は他界しました。


家族のなにげない幸せな団欒の時間が、結婚や老いによって静かに欠けていく様子を見つめ、それが時の流れというもの。寂しいけれど、それでいいんだ。そんな移ろう家族の肖像を繰り返し描いた小津ですが、自身は生涯独身でした。


60年代前半は生涯未婚率(50歳時点で未婚の人)男性1.26%、女性1.88%と、ほぼ全員が結婚する時代でした。現在の生涯未婚率は男性26.7%、女性17.5%。ソロで生きるのも珍しくなくなりました。


結婚観・家族観、そしてサンマの漁獲量もこの60年で大きく変化しました。『秋刀魚の味』のほろ苦さは、伝わりにくい時代になったのかもしれません。


*参考文献
『小津安二郎作品集Ⅳ』(井上和男編/立風書房)
『絢爛たる影絵 小津安二郎』(高橋治/岩波現代文庫)
『小津安二郎の食卓』(貴田 庄/芳賀書店)
『晩秋の味』(尾形敏朗/河出書房新社)
『小津安二郎〈人と芸術〉』(キネマ旬報1964年2月増刊)
「人口動態統計」(厚生労働省)
「漁業・養殖業生産統計年報」(農林水産省)

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