海鞘

海鞘

ほや

2022年6月1日 掲載

東日本大震災から11年、
大きく変わったホヤの生産地図。

1995年。今から27年前、海を渡ってメジャーリーグに挑戦した野茂英雄は、6月2日のメッツ戦で初勝利を挙げると、前半戦を6勝1敗、防御率1.99の好成績で折り返し、オールスターゲームではナショナルリーグの先発を務め、2回を無失点で抑えました。


大きく振りかぶり、いったん打者に背を向けるまで上体を大きく捻る独特なフォームから放たれるフォークボールで奪三振の山を築くと、シーズン通算で13勝6敗、防御率2.54、奪三振はリーグ最多の236。獅子奮迅の大活躍でドジャーズの7年ぶりの地区優勝に貢献。新人王も受賞しました。


シーズンが終わり、帰国した野茂が当時の人気バラエティ『とんねるずのみなさんのおかげです。』の「食わず嫌い王決定戦」にゲスト出演したときのことです。


このコーナーはトークしながらゲストの食べる反応を見て、苦手な食べ物を当てるゲームで、野茂の正解は「ホヤの酢の物」でした。


ところが、番組で出されたホヤを野茂は、「あれ? これ美味しい」とパクパク食べだしたのです。きっと、それまで美味しいホヤに巡り合っていなかったのでしょう。でも、そんな人はきっと少なくないはずです。


かつてホヤは東北地方の特産品で、年間1万t前後が宮城,岩手,青森の3県で養殖されていました(全体の約8割は宮城県産)。酒の肴として有名なホヤですが、いかんせんその位置付けはあくまで珍味。国内の消費量は限られていて、2000年代半ば、生産されたホヤの約7割が韓国に輸出されていました。


韓国もホヤの養殖は盛んだったのですが、1995年に「ふにゃふにゃ病」(被嚢軟化症)というホヤの病気が蔓延すると、4万tあった生産量が10分の1の4000tまで激減してしまったので、宮城県から大量にホヤを輸入していたのです。


2011年の東日本大震災は三陸沿岸のホヤ養殖業者に壊滅的な被害を与えました。


ホヤは種付けから出荷サイズまで育つのに約3年かかります。宮城県でホヤを収獲できたのは2013年、わずか94tでした。この年に566tを生産してトップに立ったのは、それまでほとんどホヤを養殖していなかった北海道でした。


宮城県は14年4069t、15年4873tと生産量を増やしましたが、北海道も989t、2721tと生産量を伸ばしていきます。


というのも、韓国は原発事故を理由に宮城、岩手を含む8県産の水産物の輸入を禁止しましたが、北海道は対象地域ではないため、ホヤを輸出することができたのです。


16年には宮城県のホヤ生産は1万3400tと回復したものの、販路は閉ざされたままでしたから過剰供給となり、16年には7600t、17年は6900tもの行き場を失ったホヤが焼却処分されました。


この辺の事情はWeb版解説ノート『ホヤはお好き?』第2部
をお読みいただくとして、その後の状況をお伝えしておきましょう。


18年になると計画的生産が進み宮城県が5479t、北海道4492t。この年を最後に焼却処分は終了します。19年は宮城県が5200t、北海道5800t。20年は新型コロナ感染拡大に伴う外食需要の減少で、水揚げを調整したことも影響して宮城県4369t、北海道3703tとなっています。


宮城県のホヤの大口客だった韓国向け輸出は、今や北海道にとって代られました。たとえ韓国の輸入禁止措置が解除されても販路が復活するのは難しそうです。加えて、韓国でもホヤの生産は回復しつつありますし、しかも、若者のホヤ離れで韓国のホヤ消費量は減少傾向にあるといわれています。


こうなると国内での消費を増やすしかありません。まず必要なのは、多くの日本人がまだ知らないその美味しさを知ってもらうことです。


最近では販路開拓の努力の結果でしょうか、首都圏の鮮魚コーナーでも以前よりもホヤを見かけるようになりました。


ただ、いきなり殻付きというのは初心者にはハードルが高いかもしれません。


ホヤは鮮度が落ちるにつれてクセが強くなります。産直ならまず問題ないのですが、殻付きであれば鮮度が保持できるというわけではありません。


初心者はいきなり殻付きに挑戦するよりも、旬である今の時期に収獲したホヤ(梅雨ぼや、七夕ぼや)をすぐに剥いて冷凍した「むきホヤ」のほうがクセは少ないので、おススメといえるでしょう。


また、これまでホヤといえば刺身、酢の物といった食べ方が主流でしたが、唐揚げや、鍋など、ホヤを加熱調理する新しい食べ方の提案も進んでいますので、詳しくはWeb版解説ノート『ホヤはお好き?』第3部

をお読みください。


野茂が海を渡ってから27年。メジャーリーグでは大谷翔平や菊池雄星(ともに花巻東高校)が、日本プロ野球では佐々木朗希(大船渡高校)が史上最年少で完全試合するなど、ホヤの産地である三陸地方勢が大活躍する時代となりました。


この勢いにもあやかって、一人でも多くホヤのファンが増えて欲しいものです。


*参考資料
『漁業・養殖業生産統計』(農林水産省)
『マボヤの被嚢軟化症 診断・防疫マニュアル』(養殖衛生対策推進協議会)
『河北新報』2020年6月24日、2021年5月30日