真蛸のイラスト

真蛸

まだこ

2021年8月1日 掲載

キープ ディスタンスを守る
マダコはコロナ時代のお手本。

日本ではタコのキャラクターといえば、口を尖らせ、頭にハチマキを巻いた姿で描かれたりしますよね。


実際あれは口でも頭でもないのですが、それはおいておくとして、ぐねぐねしたユニークな風貌からひょうきんな印象を受けるのは世界共通なのでしょうか。1960年代の代表的ロックバンド、ザ・ビートルズが歌ったタコソング「Octopus’s Garden」(アルバム『Abbey Road』に収録)もカントリー&ウエスタン調の陽気な曲です。


作詞作曲はリンゴ・スター。200以上あるビートルズの曲のなかで、リンゴがつくったのは2曲しかありませんから、とてもレアな楽曲です。


でも、この曲、楽しげなのに少し寂しい雰囲気も漂っているのはなぜなのでしょう。


1967年、ビートルズを発掘し、大成功を支えてきたマネジャーのブライアン・エプスタインが32歳の若さで突然、この世を去ります。


彼の死はビジネス面で混乱をもたらしたばかりでなく、4人の精神的なまとめ役がいなくなったことにより、メンバー間の摩擦・齟齬が表面化してきます。ポール・マッカートニーはバンドを仕切ろうとスタンドプレイが目立ち、ジョン・レノンはヨーコ・オノとドラッグに溺れ、ジョージ・ハリスンはインドの瞑想にのめり込み……。


あんなに仲のよかった4人がバラバラになり、うんざりとする険悪な状況が繰り返される日々。


1968年、いたたまれなくなったリンゴはレコーディングの途中でバンドを離脱します。メンバーでもっとも温和といわれたリンゴが、です。


ビートルズ解散まで残り2年。


リンゴが向かったのはイタリアのサルデーニャ島でした。このサルデーニャ島は「Insalata di Polpo」(タコのサラダ)が有名な地中海料理の本場です。「Octopus’s Garden」もこの島で誕生しました。


海底の岩陰にある「タコの庭」で愉快に暮らしたいな♫ という童話のような歌詞ですが(実際、この曲はのちに絵本『タコくんのおにわ』となり、日本でもピーター・バラカンさんの翻訳で岩崎書店から出版されています)、仲間の不協和音に耐えられなかったリンゴの内面が投影された曲ともいわれています。


リンゴがどこまでタコの生態に詳しかったのかはわかりませんが、独りぼっちのメタファーとしてマダコは最適なキャスティングといえるでしょう。


同じ頭足類でも、たいていのイカが海の比較的浅いところを集団で行動しているのと対照的に、多くのタコは繁殖期を除くと海底で単独生活をしています。


『タコの知性』(池田 譲/朝日新書)という本に面白いエピソードが書かれていたのでご紹介しましょう。


著者の池田さんは8匹のマダコを飼育しようと、大きな水槽の底に8個の蛸壷を一定間隔で並べておきました。タコを放つとそれぞれ1つの蛸壷に収まったのですが、やがて落ち着きのない1匹のタコが自分の蛸壷を時計回りに少し移動させたのです。


すると近寄ってこられた隣のタコは、距離が近いのを嫌がるように自分も時計回りに少し動きました。で、このタコがずれた先にいたタコもまた距離を取るように同じく少し移動。これが玉突きのように連鎖して、結果的に蛸壷の隣との距離は一定間隔に保たれた……というのです。


見事なキープディスタンス。いたずらに争わず、距離をとることで互いに居心地よい状態を確保する。動物の社会性というと群れや集団といった視点で語られますが、お互いを意識して一定の距離を保つというのも、ひとつの社会性の現れではないでしょうか。


ちなみにビートルズ解散以後も、リンゴだけは他の3人のメンバーと良好な関係を保ち、リンゴのソロ・アルバムの録音にはジョン、ポール、ジョージも参加しています。


マダコはかなり賢い生物です。いつでもきちんとディスタンスをとるマダコの生き方は、密を回避しなければならない時代のお手本といえるかもしれません。

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