Web版 解説ノート
2021年1月20日(水)更新
文明発展の陰に海藻あり
2021年1月20日(水)更新
藻類が人類にもたらしたもの
えーっ! と驚かれるかもしれませんが、実は生物学的には「海藻類」という分類はありません。海に生育していて岩などに付着する比較的大きな藻類を「海藻」と呼んでいるのです。
約27億年前に登場した藻類は、地球で最も古い生命体の一つですが、人類の文明の土台に、藻類のダイナミックな働きが大きく関わっていることを知る人は少ないと思います。人類が藻類からどれだけの恩恵を受けていることか。
たとえば、鉄。文明が飛躍的に進歩したのは、鉄の発見とその利用に始まりますが、鉄の原料となる鉄鉱石は藻類が作り出したものです。現代文明に欠かせない石油や天然ガスも元をたどれば藻類です。そして、セメントの原料である石灰岩を作り出したのも藻類なのです。
大気中の酸素の3分の2は藻類由来
まずは多くの生物が生きていくのに欠かせない酸素から見てみましょう。46億年前、誕生したばかりの地球には酸素がほとんどなく、二酸化炭素が大気の大半を占める、現在の金星のような環境でした。
40億年前、大気に含まれていた大量の水蒸気が、地球の温度低下とともに雨となって降り注ぎ、海が形成されました。長く降り続く雨は、陸上の鉄などの金属イオンを海へと運びました。そして38億年前、海に生命が誕生します。
約27億年前、海中に藍藻※ (らんそう=シアノバクテリア) が大量発生し、光合成をおこない海中に酸素を放出しました。何億年にも渡り藍藻は酸素を放出し続け、酸素は海中からやがて大気中へと広がっていきました。現在のように酸素が大気中の21%を占めるようになったのは、約8億年前と考えられています。
酸素を生み出すというと森の植物を思い浮かべがちですが、今でも地球の酸素の3分の2は、海にいる植物プランクトンや海藻によって作られているといわれています。
鉄を作り出した藻類パワー
藍藻から放出された酸素は、海中に溶けていた大量の鉄イオンと結びつき、酸化鉄という固体になりました。重い酸化鉄は海底に沈んで堆積し、長い時間をかけて鉄鉱床が形成されました。
原始地球から現在まで、藻類が生産した酸素の37%が海の鉄イオンの酸化に使われたといわれています。現在の大気中の酸素は藻類が生産した酸素の5%にすぎないといいますから、いかに大量の酸素が生産され、それが鉄の塊を作り出したか。壮大なスケールに驚かされます。
石油、天然ガスも石炭も藻類が残した遺産
現代文明を支える代表的なエネルギーの石油や天然ガスは、大発生した藻類と、それを食べていた動物プランクトンの死骸が堆積し、地中に閉じ込められて変化してできたものです。
一方、石炭は古代の陸上植物が堆積したものですが、陸上植物も緑藻類から進化したと考えれば、すべての化石燃料は藻類と関係しているのです。
藻類が二酸化炭素を封じ込めてできた石灰石
原始地球の大気の主成分であった二酸化炭素は、現在、大気中には0.03%しか存在しません。どこに消えてしまったのでしょう。実はその多くは炭酸カルシウム=石灰の形で閉じ込められています。閉じ込めたのは藻類です。
たとえばサンゴ礁。サンゴは植物と間違われがちですが、イソギンチャクと同じ腔腸動物門に属する動物の一種です。サンゴの固い殻は炭酸カルシウムでできています。これは、サンゴに共生している藻類のひとつ褐虫藻が、海中のカルシウムイオンと二酸化炭素が海水に溶けてできた重炭酸イオンから作り出したものです。
サンゴや貝類の殻が堆積してできたのが石灰岩です。ご存じのようにコンクリートの原料となるセメントは石灰岩を加工したものです。つまり、高層ビル、高速道路、ダムなど現代の建設に欠かせない鉄筋コンクリートも、元をたどるとみんな藻類が生み出したもの、といってもいいでしょう。
私たち身の回りには海藻がいっぱい
藻類が人類の文明と密接に関係しているのはこれだけではありません。あまり気づかれていませんが、私たちの身の回りには海藻由来のものがあふれています。
海藻の成分でも特に使われているのが、アルギン酸、カラギーナン、寒天、フコイダンの4つ。いずれも海藻の「ぬるぬる成分」といわれるものです。
「ぬるぬる成分」は海藻に特有なファイココロイド(海藻コロイド)という陸上植物にはみられないユニークな物質で、麺やパンの食感をよくしたり、アイスク リームやハム・ソーセージの粘りを出したり、成形肉の決着剤として多くの加工食品に使用されています。
海藻はアレルギー反応を起こすことが少ない性質から、塗り薬、カプセル、手術糸、レントゲンの造影剤など医療分野にも使われています。
また、段ボールや消化剤、芳香剤、歯磨き粉などの工業製品や化粧品、養殖魚の飼料などにも海藻から抽出した成分は欠かせません。
海藻パワーで空を飛ぶ
注目を浴びているのが藻類由来のバイオ燃料です。化石燃料はいずれ枯渇することから、トウモロコシやサトウキビなどを原料としたバイオ燃料の実用化が進みました。しかし、穀物系バイオ燃料の需要が増えた結果、食料価格が高騰し、耕作地を増やすために森林破壊が進むなどの問題がおきました。
数十種類の藻類がバイオ燃料になることが知られていますが、藻類のオイル生産能力は穀物よりもはるかに高く、なかでもオーランチオキトリウムという藻類のオイル生産量は桁違いで、茨城県の霞ヶ浦くらいの面積があれば、日本が輸入している石油量をまかなえるとまでいわれています。
他にジェット燃料に適しているユーグレナ藻(ミドリムシ)から抽出・精製されたオイルの開発や、海藻から水素を作り出す海藻水素発電の研究が進むなど、藻類を利用した自然エネルギーの実用化・事業化に注目が集まっています。
いかがでしたか。陰になり日向になり私たちの生活を支える海藻パワー。海藻ってすごいと思われたのではないでしょうか。次回は、生物としての海藻の不思議を探ってみましょう。
海藻の迷宮
海藻の迷宮
ノリ、ワカメ、コンブ、ヒジキ......。日本では昔から海藻を日常的に食べていました。でも、海藻はただ美味しいだけではありません。気づかないだけで、実は海藻は人類の文明の礎として役立っているのです。