蛍烏賊
ほたるいか
2022年5月1日 掲載
そのホタルイカ、
富山県産、兵庫県産、どっち?
ホタルイカの仲間は世界の海に40種ほどいますが、食用になっているのはホタルイカだけといいます。
分類学でホタルイカは「ホタルイカモドキ科ホタルイカ属ホタルイカ」です。なぜ「モドキ」と呼ばれるものが「ホタルイカ」の上位にあるのか、不思議ですよね。
1905年に動物学者の渡瀬庄三郎博士(1862〜1929)が富山湾を訪れ、地元で「コイカ」や「マツイカ」と呼ばれていた蛍光ブルーに光る小型のイカを「ホタルイカ」と命名し、これが標準和名となりました。
その後、日本に進化論を紹介したことでも有名な動物学者・石川千代松博士(1860〜1935)が1914年に、ホタルイカによく似たイカを発見し、「ホタルイカモドキ」と命名しました。
ところが、すでに海外では光る小型イカのグループをEnoploteuthidae科と命名していました。このEnoploteuthidaeの特徴がホタルイカよりもホタルイカモドキに近かったことから、和名は「ホタルイカモドキ科」となり、ホタルイカモドキ科のなかにホタルイカ属が含まれるという珍妙なことになったのです。
ただ、ホタルイカの系統は現在でも検討段階で、ホタルイカはホタルイカ属ではなくニセホタルイカ属に含まれるのではないか。つまり「ホタルイカモドキ科ニセホタルイカ属ホタルイカ」が妥当であるという説も有力なのだそうです。
ニセもおったんかい! とつっこみたくなりますが、ホタルイカは有名でも、まだまだ謎が多い不思議な生き物なのです。
ホタルイカといえば春の富山湾の風物詩ですが、生息域は広く、日本海と太平洋は北海道以南〜熊野灘に分布していて、水揚量は兵庫県の浜坂漁港が全国一です。
同じホタルイカを漁獲するのでも富山と兵庫では漁法が異なります。富山ではホタルイカが餌を求めて夜間に海面近くに浮上したところを定置網で漁獲するのに対し、兵庫など山陰沖では、深海にいるホタルイカを底曳き網で漁獲します。
富山のホタルイカ漁が解禁となるのは3月。漁獲されるほとんどは産卵のために富山湾にやってきたメスで、胴体ははち切れんばかりに丸々と太っています。オスが数千匹に1匹しかいないのは、生殖を終えると富山湾奥に入る前に死んでしまうからなのだとか。
富山のホタルイカ漁の歴史は古く、1585年頃には漁獲していたという記録が残っているのに対し、兵庫でホタルイカの底曳き網漁が始まったのは1985年頃と比較的最近のことです。
以前から兵庫など山陰沖の底曳き網に小さなイカが入ることは知られてはいましたが、底曳き網漁はズワイガニやカレイ類が対象でしたから、この小さなイカは見向きもされませんでした。
ところが稼ぎ頭のズワイガニの漁獲量は年々右肩下がりとなり、底曳き網漁師は苦境に立たされました。この小さなイカがホタルイカであると確認されたのはそんなときでした。
富山湾のホタルイカは年ごとで漁獲量が大きく変動します。80年代半ば、ホタルイカが不漁で困っていた富山の加工業者や仲買人が、兵庫でホタルイカが獲れている情報を聞き、これを仕入れに駆けつけたのです。
見向きもされなかったイカの市場的価値が高まったことで、兵庫のホタルイカ狙いの底曳き網漁が本格的に始まりました。
最初は底曳き漁であるため、ヒトデや泥が混じり、質が悪いといわれましたが、網の曳き方や構造に工夫が重ねられるとともに、兵庫県内でも加工品の開発が進み、質も向上。販路も拡大していきました。
ただ、底曳き網漁は深海にいるホタルイカを狙うため、まだ太りきっていないメスやオスも混じって漁獲されますから、富山県産に比べると全体的に小振りです。
4月上旬、鮮魚店で両県のボイルしたホタルイカのパックが並べて売られていたので比べてみると、やはり富山県産のほうが兵庫県産よりも大振りです。
値段は富山県産が23匹入り399円(1匹約17円)、兵庫県産が33匹入りで224円(1匹約6.8円)。1匹あたりにすると倍以上の差があるのですね。
せっかくですからボイルされたホタルイカを観察してみましょう。かわいい姿に似合わず、2本の長い触腕の先端は鉤状になっていて獰猛な雰囲気を漂わせています。腹側(漏斗のあるほう)前面にある2本の腕(第4腕)の先端は黒ずんでいます。これが腕発光器です。
この腕発光器は瞬間的に強い光を放ちますが、長くは続きません。捕食者に襲われそうになったとき、発光器を一瞬光らせて自分の位置を印象付け、捕食者が光った場所を攻撃する隙に別な方向に逃げているのではないかと考えられています。
さて、観察し終わったところで、料理をはじめるとしましょう。
ボイルしたホタルイカは酢味噌や生姜醤油で食べるのが定番ですが、おすすめは「ホタルイカと春野菜のパスタ」。ネットでは見かけないとびっきりのレシピをご紹介しましょう。
まず、たっぷりめの数のボイルしたホタルイカから目玉を取り除き、ミンチ状に叩きます。これをニンニク、唐辛子とともにオリーブオイルで炒め、パスタの茹で汁を少々加えて乳化させ、塩・コショウで味を整えソースを作ります(塩の代わりに刻み塩昆布を使うのもよし)。
あとは菜の花などの春野菜をパスタと一緒に茹でて、しっかり湯切りをしてからソースに絡めて出来上がりです。
ホタルイカのワタの濃厚な旨みが口に広がる、春を感じる逸品。ぜひ、お試しあれ。
*参考文献
『ホタルイカの素顔』(奥谷喬司 編著/東海大学出版会)
『イカはしゃべるし、空も飛ぶ』(奥谷喬司/講談社)
関連する
コンテンツ
海のギャラリー