ひとまとめにマグロといっても‥‥
刺身や寿司の代表といえば、やはりマグロのトロでしょう。これまでは世界で漁獲されたマグロのうち、刺身向けマグロのほとんどは日本人が消費してきましたが、近年は寿司などの日本食ブームもあって海外での需要も増えています。
最近では「マグロが減っている」「将来、トロは食ベられなくなるかも」というニュースをよく耳にするようにもなりました。では、マグロとはどんな魚なのでしょう。
マグロの仲間は温かい南の海でたくさんの卵を産みます。例えばクロマグロは直径1mmほどの大きさの卵を1〜2日おきに何度かに分けて、約5000万個産みます。
大変な数ですが、このなかから成魚にまで育つのは、ほんの数匹か十数匹しかいません。ほとんどは、他の魚に食べられたり、死んでしまいます。先に産まれたマグロの稚魚が、あとに生まれたマグロの仔魚や卵を食べることもあります。エサとなるプランクトンが少ない南の海では、仔魚や卵は貴重な栄養なのです。
クロマグロの場合、春に生まれたときは全長3mmですが、秋には20~30cmにまで成長します。オキアミやイワシ、サンマ、トビウオ、サバ、カツオなどの魚やイカを食べながら成長し、生後1年で50cm(約2.5kg)、3年で1m(約25kg)、10年で2m (約165kg) を超えるようになります。
ひとまとめに「マグロ」といっても色々な種類がいます。食卓に並ぶ主なマグロといえば、クロマグロ(ホンマグロ)、ミナミマグロ(インドマグロ)、メバチ、キハダ、ビンナガ(ビンチョウ)の5種類でしょうか。どれも耳にしたことがあると思います。
同じマグロでも種類によって生態や用途は違います。初回ですから種類ごとの生態と利用を整理しておきましょう。
誰もが認めるマグロの王様、クロマグロ
クロマグロは、太平洋および地中海を含む大西洋の、主に北半球側に分布していて、太平洋に生息する太平洋クロマグロと、大西洋に生息する大西洋クロマグロは別種とされています。マグロ類では最も大型で全長3m、体重400kgを超えることもあります。寿命は20〜30年。
クロマグロは北太平洋を広範に回遊しますが、日本近海の南西諸島周辺および日本海に産卵場が複数あると推定されています。なので、日本の沿岸、近海では幼魚から成魚までが漁獲されるのです。
マグロの王様と呼ばれ、日本近海で獲れるものはほとんどが刺身や寿司用に生で流通し、高級品として取引されています。関東でメジ(メジマグロ)、関西でヨコワなどと呼ばれ流通しているのは、クロマグロの若魚です。
日本の遠洋はえ縄漁船が世界各地で漁獲したクロマグロの多くは船内で急速冷凍された後、冷凍運搬船に転載し、主に清水、焼津、三崎の3港に運ばれます。また、地中海諸国やメキシコで養殖されたクロマグロも冷凍や生鮮(空輸)で輸入されています。
南半球の宝石、ミナミマグロ
インドマグロとも呼ばれるミナミマグロは、南半球の温帯域〜高緯度の冷水域に分布しています。クロマグロに似ていますが、クロマグロほど大きくはならず、最大で全長2.5m、体重260kg ほど。若魚のときはオーストラリア周辺の沿岸域で成長し、成長するにつれ、東西に回遊します。
ミナミマグロはクロマグロに次ぐ高級品として珍重され、主に刺身や寿司に利用されています。発色は鮮やかなのですが、色変わりするのが早いのが難点ともいわれています。オーストラリア沿岸(南岸のポートリンカーン近郊等)では養殖が盛んに行われ、日本に輸出されています。
目がぱっちりして可愛いメバチ
メバチはメバチマグロ、バチ、メブト、若魚はダルマとも呼ばれます。目がパッチリ大きく、英名もBigeye tunaです。
世界の熱帯〜亜熱帯域に分布し、索餌時期には温帯水域、産卵期には熱帯水域へと群れで回遊します。クロマグロよりも水深の深いところに生息し、成魚は全長2.5m、体重210kgほどになります。日本近海産のメバチは熱帯産よりも小型で、2m以上の個体は少ないようです。寿命は10〜15年。
メバチも主に刺身、寿司に用いられ、関東を中心に流通しています。外国産も多く、台湾・中国・バヌアツなどからは主に冷凍ものが、インドネシア・オーストラリアからは生で空輸もされています。日本近海ものでは、秋の三陸沖の生メバチが高い評価を受けています。
世界で一番たくさん漁獲されているキハダ
キハダマグロ、キワダとも呼ばれるキハダは第二背鰭と尻鰭が黄色で、成長につれ鎌状に伸長するのが特徴です。英名もYellowfin tuna。キメジはキハダの若魚のことです。
全世界の熱帯・亜熱帯海域に広く分布し、比較的表層を回遊します。成長が早く、2歳魚で産卵します。日本近海産は熱帯産よりも小型で、大きくても全長1.5m、体重70kgほど。寿命は7〜10年。
資源量が多く、世界および日本のマグロ漁獲量1位がキハダです。肉質は赤みが薄くピンク色に近く、脂ののりは少なめのあっさり味。日本では特に関西や名古屋で人気です。ツナ缶の原料としても利用されています。
ツナ缶のキング、ビンチョウ
ビンナガは長い胸びれが特徴でビンチョウ、トンボ、カンタロウとも呼ばれます。比較的小型のマグロで、全世界の熱帯・温帯海域に広く分布し、漁獲される多くは50〜100cm のカツオと同じくらいのサイズです。寿命は12〜16年。
国内外を問わずツナ缶での利用割合が最も高いマグロです。キハダやカツオのツナ缶が「ライトミート」と呼ばれるのに対して、ビンナガは「ホワイトミート」と呼ばれ最高級のツナ缶原料とされています。
ビンナガのなかでも高緯度の冷水域で獲れた脂が多いものを「ビントロ」として売り出すなど日本では生食の消費も増えています。
ざっくりと5種類のマグロを理解したところで、次回は食卓にのぼるマグロはどこからどれくらいの割合で供給されているのかを探ってみることにしましょう。
イラスト/細密画工房
マグロはよく食べる魚の第2位
日本人の魚離れが話題になって久しくなります。農林水産省の「食料需給表」によれば、食用魚介類の1人1年当たりの消費量は2001年の40.2kgをピークに19年には約20kgまで減少してしまいました。
そんな私たちは、どんな魚を家で食べているのかというと、トップはサケ。2位がマグロ、3位がブリ。どれも天然・養殖の両方の供給があるので1年中買うことができ、元のサイズが大きいため最初から切り身や刺身の状態で売られるので、調理やゴミ処理の手間が少なく、骨もほとんど気にならないというのが人気の理由なのでしょう。ちなみに1965年のデータでは1位アジ、2位イカ、3位サバで、マグロは5位でした。
前回みたように、日本の食卓に供給されている主なマグロは5種です。では、輸入、養殖も含めて、国内にはどの種類のマグロが供給されているのでしょうか。種類別にみてみると、メバチとキハダが多く、この2種でマグロ類の約7割を占めています。私たちが食べているマグロといえば、メバチとキハダなのです。
国産と輸入はほぼ半分半分
次にマグロを国産(養殖含む)と輸入で分けてみたのが下のグラフです。国産と輸入は丁度半分ずつくらいといったところです。
まず、国産のマグロをみてみましょう。日本は何マグロを獲っているのかが下の円グラフです。キハダがトップで44%。次いでビンナガ25%、メバチ22%と続きます。
クロマグロの輸入元のトップはマルタ
では次に、食卓に並ぶマグロの半分を占める輸入マグロをみてみましょう。
冷凍のメバチとキハダは台湾、中国から。冷凍のビンナガは台湾、バヌアツから多く輸入しています。クロマグロはその約半分を海外から輸入していますが、その多くは養殖マグロです。どんな国から送られてきているのでしょうか。
マルタは地中海に浮かぶ小さな島で、人口40万人のミニ国家です。ちなみにマルタは日本と同じで自動車は左側通行で、日本は中古車をマルタに多く輸出しています。
輸入されるマグロは1990年代後半から冷凍ものが急増し、現在は生鮮・冷蔵が約2割、冷凍が約8割です。資源保護・管理のため、クロマグロなどは正規許可船リストに登録されている漁船が漁獲したものでなければ輸入は認められません。また、地中海の養殖マグロも、正規リストに登録されている蓄養場から出荷されたものしか輸入が認められません。
マグロの町といえばどこ?
もう少ししつこくみてみましょう。みなさんはマグロの町といったらどこを思い浮かべますか? 三崎? 焼津? 那智勝浦?
マグロの魚種別に水揚げ量の上位3港をあげてみました。生と冷凍では扱いが違いますから、これも別にしてカウントしました。ちなみにマグロ(生)とマグロ(冷)は、クロマグロとミナミマグロの成魚の合計値ですが、(生)は全量がクロマグロで、(冷)はほとんどがミナミマグロだと思ってください。
境港は日本海のまき網漁船の中心基地です。2005年以降、クロマグロの水揚げ量全国一の年がほとんどですが、境港のマグロ漁は1982年から始まった比較的新しい漁業です。
港周辺には缶詰工場や加工工場が多く集まり、海外まき網漁業によるマグロ類の約7割が水揚げされるのが焼津港です。インド洋で操業する船の水揚げが中心だったことから、「インドまぐろ」(ミナミマグロ)も焼津の象徴的存在です。
塩釜港は、表にない生キハダ(6位)、生ビンナガ(5位)も含め、有数の生マグロの水揚げ港。夏のクロマグロ、秋の「三陸塩竈ひがしもの」とブランド化されたメバチのおいしさは格別です。
三崎港は天然の良港として早くから沖合・沿岸漁業の拠点でした。昭和30年代に冷凍庫を搭載した冷凍船が登場。遠洋での漁が可能になるとともに、全国有数のマグロ類の水揚げを記録する遠洋漁業基地として知られるようになりました。
銚子港は9年連続日本一(2019年)の水揚げ量を誇る首都圏向け魚介類の供給基地として有名ですが、生メバチ(4位)、生キハダ(1位)、生ビンナガ(4位)とマグロ類の水揚げも屈指です。
勝浦港(和歌山)はクロマグロ(11位)、メバチ(3位)、キハダ(2位)、ビンナガ(2位)と日本屈指の生マグロの水揚げ量を誇る港。町には30軒以上のマグロ料理店があり、毎年1月末には「まぐろ祭り」が開催されています。
いかがでしたでしょうか。マグロの町といってもマグロの種類や生・冷凍によっていろいろな特徴があるのです。
海なし県ほどマグロ好き
ひとくくりに日本といっても県民性があります。マグロを好む県は何県なのでしょうか。総務省「家計調査」(2019年)の都道府県庁所在市の1世帯当たりの購入数量を調べてみると、栃木、群馬、山梨など海なし県が上位にきています。
最下位は意外なことに長崎。なぜ意外かというと、長崎は日本一マグロの養殖が盛んな県だからです。長崎だけでなく、九州はマグロの消費量が少ないのも面白い傾向です。
次回は、マグロの漁獲方法と資源問題を取り上げることにしましょう。
マグロの漁獲は「まき網」が中心
マグロはどのように捕獲しているのでしょうか。マグロ漁というと年末・年始にテレビ番組で流れる津軽海峡のマグロ漁が思い浮かびますが、世界のマグロ漁は「まき網」が中心です。
まき網は1980年代以降に急増し、現在では世界のマグロ類(カツオを含む)の漁獲量の6割以上を占めるまでになっています。日本のマグロ漁は、はえ縄とまき網が中心ですが、様々な漁法でも漁獲されています。
代表的なマグロ漁法をみてみましょう。
「一本釣り」でも獲れるビンナガ
鳥山や魚群探知機などで魚の群れを見つけると、活きたカタクチイワシをまき餌として投げ入れるとともに、船から水を撒いて水面をバシャバシャさせることでイワシが豊富にいると錯覚させて魚をおびき寄せます。集まってきた魚は擬餌針(ぎじばり)のついた釣り竿で1匹ずつ釣り上げます。
一本釣りはカツオが有名ですが、ビンナガでも、はえ縄漁とともに主要漁法となっています。また、テレビ番組で有名な青森県大間は竿を使わない手釣りですが、一本釣りに分類されます。
クロマグロの幼魚も捕まえる「ひき縄漁」
船の両舷の長い竿を真横に出し、船を走らせながら擬餌針をつけた仕掛けを複数流して魚を獲る漁法です。擬餌針を沈め、複雑な動きを与えるために潜航板を使用します。魚がかかると潜航板が反転して魚ごと水面に浮き上がるので、釣り糸をたぐって魚を捕獲します。
クロマグロの幼魚もこの漁法で漁獲され、その一部は国内のクロマグロ養殖の種苗用として活魚で取引されています。キハダやカツオなどの漁獲も多い漁法です。
全長150kmの幹縄に釣り針3000本の「はえ縄漁」
日本のマグロはえ縄による漁獲量の約6割を占めるのが、大型船による遠洋マグロはえ縄漁業です。日本を出発してから1年以上、世界中の漁場を巡りながら操業し、3ヶ月くらいに一度、燃油補給・乗組員の休養のために外国の港に寄港するのというが一般的です。
投縄するのは夜明け前。全長150kmを超える幹縄に約3,000本の釣り針に、イワシ・イカ等の餌を付けて海へと流します。この投縄作業に要する時間は約4〜5時間。マグロが餌にかかるまで3〜4時間待機し、漁具の回収(揚縄)を始めます。揚縄は機械(ラインホーラー)の助けも借りますが、手作業が主体なので10時間超えの重労働となります。
釣上げられたマグロは、船上で体長を測り、尾を切り離し、エラとはらわたを抜いた後、マイナス60°Cの冷凍室で急速冷凍し、長期保存されます。
まさに一網打尽。大量漁獲できる「まき網」
魚群探知機、ソナーなどで魚群を発見すると、浮きのついた大型の網を円を描くように広げ、魚を群ごと包み込むようにして獲る漁法です。まき網にもいろいろな種類がありますが、下の写真のまき網漁船は、通称「海外まき網」と呼ばれる漁船です。網のサイズは長さ2000m、深さ200m。
マグロやカツオを単船操業で漁獲し、漁獲後はただちに船内で急速冷凍して、大量に冷凍保管します。日本の鰹節産業にとっては、原料となるカツオの最大の供給源となる重要な漁業です。
主な漁場はミクロネシア連邦やパプアニューギニアなど南太平洋の島しょ国周辺海域ですが、その海域には日本漁船だけでなく、各国の大型まき網漁船もツナ缶詰の原料目的でキハダやカツオを漁獲しているため、まき網でのマグロ・カツオ漁獲量急増の一因となっています。
まき網は効率的に大量に漁獲することが可能な漁業ですから、マグロ、カツオの他、サバやアジ、イワシなど、多様な水産物をさまざまな水産関連産業に供給し、各地の地域経済を支える重要な役割を担っています。
しかし、その効率性ゆえに過剰な漁獲を防ぐため、さまざまな漁獲規制が国内外で進められています。
資源保護と消費国日本の役割
マグロ類の世界の漁獲量は1950年代から増加傾向にあり、2003年にピークの224万tを記録。その後増減を経て2017年に再び224万tを記録しています。国別の漁獲量はインドネシアがトップで、2位が台湾、日本は第3位です。
しかも、前回みたように日本は自国で獲るだけでなく、食卓にのぼるマグロの半分を海外から輸入しているマグロ消費大国です。WWF(世界自然保護基金)は、世界全体で獲れるミナミマグロの98%、クロマグロの72%、メバチの32%、ビンナガの26%、キハダの9%が日本で消費されていると報告しています。
ニュースでも報じられているように、太平洋クロマグロは資源量、回復の水準いずれも歴史的な低水準で危機的な状況にあるため、国際漁業管理機関であるWCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)での決定にもとづき、日本でも資源回復のため漁獲量規制による管理を2015年より実施しています。
WCPFCは日本、米国、韓国 等の関係漁業国・地域が参加していますが、第14回年次会合(2017年12月)で、北太平洋のクロマグロの親魚の資源量の回復状況に応じて管理措置を改訂する新規制を導入することで合意しました。
これは、現在設定されている暫定回復目標がクリアできれば漁獲枠の拡大を検討でき、逆に下回れば管理措置を強化するというものです。
規制が強化されれば、漁業者は収入が減りますし、マグロは品薄になって価格が上がり、消費者にはますます高嶺の花になるかもしれません。
しかし、持続的に食べられるようにするためには資源を守る漁業管理は必要です。また、国際ルールを守らずに獲られたマグロが海外から日本に入らないようにする仕組みの構築も重要です。
マグロ大好きな日本人だからこそ、資源保護の役割を果たす責任は大きいといってよいでしょう。