日本人は昔から海藻を食べてきました。海藻が食文化として根付いているのは、世界的に見ても数が少なく、日本と韓国くらいしかありません。

日本列島の周りは有数な海藻の生育地で、約1500種の海藻が生えています。そのうちの約100種を食用にしているといわれるくらいの海藻王国ですが、これは食べておいしい海藻が多いからだと考えられています。

フノリ、アラメ、オゴノリ 写真
左からフノリ、アラメ、オゴノリ

しかも、ヒトは海藻の分解酵素をもっていませんが、多くの日本人の腸内には、ノリや寒天などを消化できる酵素をもった細菌がいることがわかってきました。 しかし、近年は食生活が西洋化してきたこともあり、海藻を食べる機会が減ってきています。

海藻は現代人に不足しがちな食物繊維が豊富に含まれていて、コレステロール値を下げ、血糖値の急激な上昇を抑え、腸の働きを促し、新陳代謝を促進する効果が認められています。まさに健康食材。積極的に食べたいところです。

では、日本人におなじみの3つの海藻をクローズアップしてみましょう。

あなたのお好みのコンブは?

コンブは北海道、青森、岩手、宮城県沿岸に分布しています。国内生産の90%を占めているのが北海道。海産物で有名な北海道ですが、コンブはホタテ、サケに次ぐ第3位の生産額。重要な水産資源です。

北海道はコンブの種類も豊富です。オニコンブ(羅臼昆布)、ナガコンブ、ガッガラコンブ、ミツイシコンブ(日高昆布)、マコンブ、ガゴメ、ホソメコンブ、リシリコンブ、それぞれが特徴を持ち、用途も少しずつ異なります。

コンブ漁 写真
コンブの漁期は7〜10月。コンブ干のバイトは「おかまりさん」と呼ばれる。
写真提供/荒井孝幸(北海道水産物検査協会)

コンブは日本食に欠かせないダシをとる食材ですが、同じダシでも京都の懐石料理にはリシリコンブ(利尻昆布)、関西地方はマコンブ、関東地方はオニコンブ(羅臼昆布)からとったものが好まれる傾向にあります。

おいしい「ダシ」が出るコンブ。でも、海中に浸かっていたら、うまみ成分が溶け出してしまうんじゃないの? という疑問が浮かびます。

コンブのうまみ成分は、グルタミン酸というアミノ酸です。海藻には必要な成分を海水から取り入れて、不必要な成分を外へ出すしくみがあるので、生きていくのに必要なアミノ酸が海中に溶け出してしまうことはありません。

総務省の家計調査によると、 一世帯当たりの購入量がもっとも多いのは富山県で全国平均の約2倍で、しかも高級昆布の需要が高いといいます。また沖縄の購入量が多いのも特徴です。

これには歴史的な経緯があります。コンブが歴史的史料に登場するのは『続日本記』(797年)と古く、蝦夷から平城京へコンブが献上されたとあります。鎌倉時代中期には蝦夷と本州の交易が盛んになり、日本海沿岸を通って敦賀・小浜へ運ばれ、そこから京の都へ届けられました。

江戸時代には蝦夷のコンブの産地は道東まで拡大し、生産量が増加し、北前船を使い、敦賀・小浜で荷揚げせずに、瀬戸内を通って商業の中心地・大坂へ直接運ばれるようになりました。そのなごりで現在でもコンブを扱う問屋や加工業者は大阪が中心です。

海苔の産地は、むかし東京湾、いま有明海。

ノリ養殖が始まったのは江戸中期(1710年ごろ)の東京湾とされています。当時は木の枝や竹を垂直に立てた「粗朶(そだ)ひび」についたノリを採集することから始まりました。

ノリは和紙製造の技術を応用して板海苔に加工され、「浅草海苔」として江戸の名物となりました。明治時代の終わりにはノリ養殖は東北から九州地方まで伝わっていきます。しかし、ノリの生態がよくわかっていなかったため、自然まかせ、運まかせ的な部分も多く、経験だけが頼りでした。

「網ひび」が開発されたのが大正時代。1949年にノリの全生活史が解明されるとノリ養殖は急速に近代化しました。

ノリ種子付け 写真
種網にノリの種付け。ノリは冬の間に成長する。
写真提供/金萬智男

現在、遠浅の海では「支柱式栽培法」、水深の深い沖合では「浮き流し式栽培法」が行われています。「支柱式」の方が高品質の製品ができるといわれますが、多くの産地では規模拡大や作業効率の向上を図れる「浮き流し式」が主流です。

生産地は有明海と瀬戸内海が2大生産地で、この2地域でほぼ4分の3の量が生産されています。

養殖種は病害に強く高塩分に適したスサビノリが大半で、アサクサノリはごくわずかです。

海苔は日常の食べ物としてだけでなく、戦後の高度成長期には、日持ちがして重量的にも軽いことから、お歳暮などの贈答用商品として重宝されるようになりました。

お中元・お歳暮の習慣が下火になり、贈答用需要が減った現在の推計は家庭用30%、贈答用10%、加工用60%。加工用の多くはコンビニのおにぎりが占めているとみられています。

北方系ワカメと南方系ワカメのちがい

国内産ワカメの90%は養殖ワカメです。養殖といってもワカメの場合は肥料を与えるわけではなく、薬剤も使いません。天然ものは岩について上に伸びるのに対し、養殖ものは養殖縄に固着して海面から下に伸びるという違いくらいで、 品質に差はありません。

分類学的にはコンブ目アイヌワカメ亜科ワカメ属に属し、ワカメ、ヒロメ、アオワカメの種類があります。ヒロメ、アオワカメは地元で消費されてしまうことが多く、たとえば千葉県館山市船形あたりではヒロメをワカメ以上に珍重しますし、青森県津軽海峡沿岸では アオワカメをおにぎりに巻いて食べています。

ワカメ養殖 写真
採取したワカメは80℃以上の海水で20~60秒湯通しし、冷たい海水で冷やす。葉と茎を割いて分け、素干しにする。

ワカメは生育する環境に左右されやすく、同一海域でも場所によって茎の太さ、葉の厚み、切れ込みなど形状が大きく異なります。

一般に三陸沿岸に分布する北方系ワカメ(ナンブワカメ)は大型で茎が長く、肉厚で葉の切れ込みが深く、しゃきしゃきした食感です。

南方系ワカメは太平洋沿岸中南部・日本海に分布し、小型で茎は短く、切れ込みが浅いのが特徴です。激しい潮流で有名な鳴門海峡で育つナルトワカメも茎が短く、なめらかでしっかりした食感です。北方系と南方系、食べ比べてみてください。

3回にわたり見ていただいた海藻の世界、いかがでしたか。食べて美味しいだけでなく、医療・エネルギー・工業製品にも活躍している海藻。なにより地球の環境を劇的に変化させた、そのパワーに改めて驚かれたのではないでしょうか。海藻ってすごいのです。

3つのグループからなる海藻

海藻は光合成をする葉緑素の違いによって褐藻類、緑藻類、紅藻類の3つに分けられます。

褐藻類は日本で約400種が知られています。代表的な褐藻類はワカメ、コンブ、ヒジキ。光合成によってラミナランという多糖類を生成・貯蔵します。ラミナランには抗腫瘍作用、抗血栓作用、高血圧抑制作用が知られています。体色は黄色や褐色で、ナガコンブのように20mの長さに達する巨大なものもいます。

コンブ 写真
コンブ
主産地は北海道、青森、岩手だが、生産量は天然の9割、養殖の7割を北海道が占める。主として乾燥させダシ用に使われるが、各地域で特徴があり、使い方も異なる。

海ブドウと呼ばれるクビレズタやアオサ(ヒトエグサ)などの緑藻類は、日本に約250種が生育しています。色素としてクロロフィルを持ち、光合成でデンプンを生成・貯蔵します。比較的浅いところに生息する種が多く、体色は緑色をしています。陸上植物はこの緑藻類の仲間が進化して陸上に進出したと考えられています。

クビレズタ(海ブドウ) 写真
クビレズタ(海ブドウ)
球状の小枝が緑色のブドウの房のように見えるので「海ブドウ」と呼ばれる。 プチプチとした食感が人気で、沖縄で盛んに養殖されている。天然モノはサンゴの上や砂の上にへばりついている。

紅藻類は日本では900種類ほどが知られています。養殖海苔の代表であるスサビノリ、ところてんの材料となるマクサ(テングサ)は紅藻類です。紅藻といっても浅いところに生育する種は黒色に近く、深いところに生える種ほど鮮やかな紅色をしています。

トサカノリ 写真
トサカノリ
千葉県から九州にかけた暖かい海に分布。水深30mくらいの比較的深い海に生えている。刺身のつまや海藻サラダに利用される。緑色の「青とさか」は湯通ししたもの、「白とさか」は水にさらして脱色したもの。

なぜ海藻はカラフルなのか?

海藻の色は緑、赤、茶色と多彩です。陸上の植物の葉は濃淡の差はあれ緑色です。これは光エネルギーを吸収するクロロフィルという葉緑素をもっているからです。このクロロフィルは青と赤の光を吸収するために緑の光を反射するので、私たちの目には緑色に見えます。

ところが海は陸上と違い、深さによって届く光の色が異なります。水深が増すにつれ光の強度は弱くなり、太陽光の赤~橙色や紫色の光は途中でさえぎられ、深いところには青色や緑色の光だけが届くようになります。

海藻は生息する深さに応じ、効率的に光合成ができるようにクロロフィルだけでなく、カロテノイド(青い領域の光を主に吸収するので、見た目は黄色、オレンジ色、茶褐色)やフィコビリン(緑の光を吸収するため、赤っぽく見える)といった色素をもっているためにカラフルなのです。

このように光合成をするには光が必要ですから、海藻は海ならどこにでも生えているわけではなく、光が届く水深30mくらいまでの沿岸部にのみに生息する生き物なのです。

ミル、ユカリ、アナメ 写真
左からミル(緑藻類)、ユカリ(紅藻類)、アナメ(褐藻類)

そもそも光合成の働きとは?

最初に光合成を行った光合成細菌は、酸素発生をしない型の光合成でしたが、約 30億年前、光合成で酸素を生み出す藍藻(シアノバクテリア)が登場したことにより、地球環境が劇的に変化したことは前回述べた通りです。

光合成は「植物が光によってデンプンなどを作る働き」と小学校で教わったように、植物が光によって水を分解して酸素を発生し、二酸化炭素を有機物に固定する、細胞内で起きる連鎖的な化学反応です。

合成された炭水化物は、生命活動のエネルギー源となり、体が生長する材料となります。動物が植物を食べるという食物連鎖のピラミッドを考えると、光合成は太陽エネルギーを他の動物が利用できるようにする変換装置ともいえます。

海藻は海の植物でいいの?

このように海藻も陸上の植物も光合成をしているわけですが、では、海藻は海の植物なのでしょうか。

昔は光合成をする生物一般を植物と呼んでいたために、藻類は植物に含まれていましたが、遺伝子解析が主流になった現在の分類学では微妙です。そもそも「植物」「藻類」とは何かを正確に定義することからして非常に難しいのです。

同じ海藻でも実は褐藻、緑藻、紅藻の3グループの進化の系統はかなり異なっていて、進化系統学では、コンブなどの褐藻類は植物には含まれないとする研究者もいるなど、実にややこしい世界のようです。

緑藻類からコケが派生し、やがてそれが陸上植物へと進化するのですが、進化の過程でルーツである海藻とは大きな違いが生まれました。あらためて違いを比べてみましょう。

ホンダワラ類 写真
ホンダワラ類
海藻のなかでは最も進化した仲間。外見上,根,茎,葉に分化し、陸上植物にそっくり。長いものは8m以上にもなる褐藻。体の上部にガスの入った気胞をたくさんつけて、この浮力を利用し海中では上に伸びている。

まずは形。草木は硬くしっかり立っていますが、海藻が生きる水中はほぼ無重力状態。波に揺られるままなので、体は柔らかくしなやかです。

草木は根、茎、葉の区別がありますが、海藻はノリやモズクのように根、茎、葉の区別のないものも珍しくありません。また、海藻の根の部分は岩などに接着するためのもので、草木のように土壌から水や栄養分を吸い上げることはありません。海藻の葉には葉脈もありません。

成長するシーズンも異なります。草木が春から秋に大きく成長するのに対し、海藻は秋から冬に成長します。また草木は花が咲き、実がなるものが多いのですが、海藻は胞子や卵で増えます。寿命も1000年以上生きるものもある樹木に比べると、多くの海藻は短く1〜10年程度です。

海藻と陸上の植物。同じ光合成をする生物でも、結構違うものですね。

次回は私たちがよく食べている3つの海藻。コンブ、ワカメ、ノリについてお話ししましょう。

藻類が人類にもたらしたもの

えーっ! と驚かれるかもしれませんが、実は生物学的には「海藻類」という分類はありません。海に生育していて岩などに付着する比較的大きな藻類を「海藻」と呼んでいるのです。

藻類が人類にもたらしたもの 写真

約27億年前に登場した藻類は、地球で最も古い生命体の一つですが、人類の文明の土台に、藻類のダイナミックな働きが大きく関わっていることを知る人は少ないと思います。人類が藻類からどれだけの恩恵を受けていることか。

たとえば、鉄。文明が飛躍的に進歩したのは、鉄の発見とその利用に始まりますが、鉄の原料となる鉄鉱石は藻類が作り出したものです。現代文明に欠かせない石油や天然ガスも元をたどれば藻類です。そして、セメントの原料である石灰岩を作り出したのも藻類なのです。

大気中の酸素の3分の2は藻類由来

まずは多くの生物が生きていくのに欠かせない酸素から見てみましょう。46億年前、誕生したばかりの地球には酸素がほとんどなく、二酸化炭素が大気の大半を占める、現在の金星のような環境でした。

40億年前、大気に含まれていた大量の水蒸気が、地球の温度低下とともに雨となって降り注ぎ、海が形成されました。長く降り続く雨は、陸上の鉄などの金属イオンを海へと運びました。そして38億年前、海に生命が誕生します。

約27億年前、海中に藍藻※ (らんそう=シアノバクテリア) が大量発生し、光合成をおこない海中に酸素を放出しました。何億年にも渡り藍藻は酸素を放出し続け、酸素は海中からやがて大気中へと広がっていきました。現在のように酸素が大気中の21%を占めるようになったのは、約8億年前と考えられています。

酸素を生み出すというと森の植物を思い浮かべがちですが、今でも地球の酸素の3分の2は、海にいる植物プランクトンや海藻によって作られているといわれています。

鉄を作り出した藻類パワー

藍藻から放出された酸素は、海中に溶けていた大量の鉄イオンと結びつき、酸化鉄という固体になりました。重い酸化鉄は海底に沈んで堆積し、長い時間をかけて鉄鉱床が形成されました。

原始地球から現在まで、藻類が生産した酸素の37%が海の鉄イオンの酸化に使われたといわれています。現在の大気中の酸素は藻類が生産した酸素の5%にすぎないといいますから、いかに大量の酸素が生産され、それが鉄の塊を作り出したか。壮大なスケールに驚かされます。

世界の鉄鉱石生産量(2012年)の図解

石油、天然ガスも石炭も藻類が残した遺産

現代文明を支える代表的なエネルギーの石油や天然ガスは、大発生した藻類と、それを食べていた動物プランクトンの死骸が堆積し、地中に閉じ込められて変化してできたものです。

一方、石炭は古代の陸上植物が堆積したものですが、陸上植物も緑藻類から進化したと考えれば、すべての化石燃料は藻類と関係しているのです。

藻類が二酸化炭素を封じ込めてできた石灰石

原始地球の大気の主成分であった二酸化炭素は、現在、大気中には0.03%しか存在しません。どこに消えてしまったのでしょう。実はその多くは炭酸カルシウム=石灰の形で閉じ込められています。閉じ込めたのは藻類です。

たとえばサンゴ礁。サンゴは植物と間違われがちですが、イソギンチャクと同じ腔腸動物門に属する動物の一種です。サンゴの固い殻は炭酸カルシウムでできています。これは、サンゴに共生している藻類のひとつ褐虫藻が、海中のカルシウムイオンと二酸化炭素が海水に溶けてできた重炭酸イオンから作り出したものです。

サンゴや貝類の殻が堆積してできたのが石灰岩です。ご存じのようにコンクリートの原料となるセメントは石灰岩を加工したものです。つまり、高層ビル、高速道路、ダムなど現代の建設に欠かせない鉄筋コンクリートも、元をたどるとみんな藻類が生み出したもの、といってもいいでしょう。

私たち身の回りには海藻がいっぱい

料理人、研究者、漁業関係者のイラスト

藻類が人類の文明と密接に関係しているのはこれだけではありません。あまり気づかれていませんが、私たちの身の回りには海藻由来のものがあふれています。

海藻の成分でも特に使われているのが、アルギン酸、カラギーナン、寒天、フコイダンの4つ。いずれも海藻の「ぬるぬる成分」といわれるものです。

「ぬるぬる成分」は海藻に特有なファイココロイド(海藻コロイド)という陸上植物にはみられないユニークな物質で、麺やパンの食感をよくしたり、アイスク リームやハム・ソーセージの粘りを出したり、成形肉の決着剤として多くの加工食品に使用されています。

海藻はアレルギー反応を起こすことが少ない性質から、塗り薬、カプセル、手術糸、レントゲンの造影剤など医療分野にも使われています。

また、段ボールや消化剤、芳香剤、歯磨き粉などの工業製品や化粧品、養殖魚の飼料などにも海藻から抽出した成分は欠かせません。

海藻パワーで空を飛ぶ

注目を浴びているのが藻類由来のバイオ燃料です。化石燃料はいずれ枯渇することから、トウモロコシやサトウキビなどを原料としたバイオ燃料の実用化が進みました。しかし、穀物系バイオ燃料の需要が増えた結果、食料価格が高騰し、耕作地を増やすために森林破壊が進むなどの問題がおきました。

数十種類の藻類がバイオ燃料になることが知られていますが、藻類のオイル生産能力は穀物よりもはるかに高く、なかでもオーランチオキトリウムという藻類のオイル生産量は桁違いで、茨城県の霞ヶ浦くらいの面積があれば、日本が輸入している石油量をまかなえるとまでいわれています。

他にジェット燃料に適しているユーグレナ藻(ミドリムシ)から抽出・精製されたオイルの開発や、海藻から水素を作り出す海藻水素発電の研究が進むなど、藻類を利用した自然エネルギーの実用化・事業化に注目が集まっています。

飛行機の添乗員のイラスト

いかがでしたか。陰になり日向になり私たちの生活を支える海藻パワー。海藻ってすごいと思われたのではないでしょうか。次回は、生物としての海藻の不思議を探ってみましょう。