Web版 解説ノート
2021年8月20日(金)更新
ホヤの養殖方法と原発事故の波紋
2021年8月20日(金)更新
クリスマスに始まるホヤの養殖
マボヤの主産地は、岩手県宮古市付近から宮城県の牡鹿半島に至る三陸沿岸です。ダイバーが潜って天然のマボヤを採取する地域もありますが、市場に出荷されるほとんどは養殖生産されたものです。
ホヤの養殖は1905年(明治38)ごろ、宮城県唐桑村(現・気仙沼市唐桑町)の畠山豊八という人が始めたといわれています。
養殖するには種となるホヤの幼生をたくさん確保しなくてはいけません。畠山さんは、船の錨をつなぐロープに小さなマボヤが付着することにヒントを得て、産卵期にロープに使用しているヤマブドウのつるを海中に浸して、マボヤの幼生を採取することに成功しました。
ホヤの幼生が付着しやすいように改良が重ねられ、現在ではカキの殻を使った採苗器が主流になっています。
ホヤの産卵は11月から1月下旬で、この時期になると天然・養殖のホヤが一斉に産卵します。
牡鹿半島東部の鮫浦湾奥に位置する谷川浜(やがわはま)はホヤの種苗採取に適している海域として有名で、自ら育てるとともに、他の地域の養殖業者向けにホヤの種苗販売もしています。
幼生を付着させる採苗器には、たくさんのカキ殻が必要となりますが、牡鹿半島はカキの養殖が盛んで加工工場が数多くあります。そこで大量に排出されるカキ殻を採苗器に再利用しているのです。
産卵のピークはクリスマスの頃、冬至の大潮だといわれています。近年では暦に頼るだけでなく、産卵時期が近づくと、プランクトンネットを引いて海中の卵や幼生の数を計測し、最もよいタイミングを見計らって採苗器を設置する地域もあります。
地域によって設置方法は若干異なりますが、谷川浜ではブイとロープでできた養殖筏(いかだ)から、採苗器8連を1組にして、水深6㍍くらいに垂らし、幼生の付着を待ちます。
カキ殻に付着した幼生は、5月ごろになると、黄色い粒をした水饅頭のような形で目に見えるようになり、7月ごろになると赤く色づき、トゲトゲをもった親と同じ形になります。一つのカキ殻には多いときで100個ほどの稚ホヤが付着します。
この状態のホヤが種苗として販売され、トラックや船で各地の養殖場へと運ばれていきます。
養殖場では、この稚ホヤが付着したカキ殼を取り外し、養殖用ロープに等間隔に数枚ずつ挟み込む「分散」と呼ばれる作業を行ない、これを養殖筏から海中に吊るします。この状態のホヤを「1年コ」と呼びます。
採苗してから2年くらいはあまり大きくなりませんが、その後の半年で急速に成長し、採苗してから2年半後の初夏、「3年コ」と呼ばれる状態になると収獲されます。さらにもう1年置いてから出荷するものを「4年コ」と呼びます。
収獲するときは船上にロープごとホヤを引き上げると、一つずつもぎ取り、選別して大きさごとに分けます。これを漁港まで運び、契約している業者に引き渡します。業者は殻付きで出荷するほか、加工品用に殻を取り除き、むき身にして出荷します。
原発事故で様変わりしたホヤの養殖事情
2011年に起きた東日本大震災で、三陸地方のホヤ養殖施設はほぼ全壊してしまいました。
震災前、ホヤの全国生産の8割以上が宮城県でした。しかし、ホヤは珍味として知名度こそ高いものの全国区の食材ではありません。では、宮城県で生産された大量のホヤはどこに販売されていたのかというと、ほぼ7割が韓国へ輸出されていました。
韓国ではホヤを食べる食文化があり、人気の食材です。韓国内でもホヤは養殖されていましたが、2000年代半ばにホヤの成長を妨げる病気が蔓延し、生産量が減少。そういう背景もあり、日本からホヤを大量に輸入していたのです。
震災後、三陸のホヤ養殖業者は震災前と変わらない韓国の消費を見込んで、ホヤの養殖に取り組みました。しかし、東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射性物質による海洋汚染を理由に、韓国政府は13年から東日本太平洋側8県(青森・岩手・宮城・福島・茨城・千葉・群馬・栃木)で水揚げ・加工された水産物の輸入を禁止しました。
大口の販路が断たれ、大量のホヤが行き場を失うことになりました。収獲期を過ぎても海中にほうっておくとホヤが腐り、海の環境を悪くしてしまいます。そこで収獲されたホヤは漁協を通じて買い取られ、焼却処分されることになりました。生産されたホヤの半分以上が廃棄処分されているのです。*註
処分に伴う損失は、東京電力が補償するので、とりあえず漁業者の収入は確保されました。漁協も震災前よりも手数料収入が増えました。しかし、漁師にしてみれば、食べてもらうために育てた命あるホヤ(ヒトにもっとも近い無脊椎動物)を、ゴミのように処分するのは、やりきれないものです。しかも、東京電力は補償費用を電気料金に転嫁しますから、最終的には国民が負担しているわけです。
では、韓国が輸入を再開すれば、三陸のホヤの状況はよくなるのでしょうか?
次回はホヤの未来と私たちができることについて考えてみましょう。
*註=ホヤの焼却処分が行われたのは、2016年約7600トン、17年約6900トン、18年約 390トンの3年間。それ以降は行われていません。
ホヤはお好き?
ホヤはお好き?
見かけによらずホヤはとてもヒトに近い生物です。そして甘み・苦み・酸味・塩味・うまみがまじった複雑な味わいは、高級ワインに近いともいわれます。いま、ホヤは一部の食通が知る海の珍味からの脱皮を図ろうとしています。