Web版 解説ノート
2021年9月20日(月)更新
珍味からの脱却。ホヤ新時代の幕開け
2021年9月20日(月)更新
前回述べたように、東日本大震災前はホヤの全国生産の8割以上が宮城県で、生産されたホヤの約7割は韓国に輸出されていました。
ところが、震災後、韓国政府は原発事故による放射性物質の海洋汚染を理由に、東日本太平洋側8県で水揚げ・加工された水産物の輸入を禁止しました。大口の販路が断たれ、大量のホヤの多くが行き場を失いました。
それだけではありません。
震災前、北海道ではほとんどマボヤを生産していませんでしたが、現在は全体の生産量の3割近くを占めています(註:2018年現在)。北海道は韓国の輸入禁止の対象地域ではないため、韓国に輸出できるのです。
三陸のホヤを取り巻く状況は大きく変わってしまいました。でも、嘆いてばかりいてもしょうがありません。それならば、と他国に頼らない、国内でホヤの需要を増やそうという取組みが動き出したのです。
間違いだらけのホヤの常識
ホヤの旬といえば夏。とくに梅雨時のホヤが美味しいとされています。食べ方としては「刺身」、キュウリと合わせる「ホヤ酢」が代表でしょう。
ホヤは「甘み・苦み・酸味・塩味・うまみ」と味の5要素をすべて持つ珍しい食材です。その複雑な味わいはブルゴーニュ産の高級ワインのようなもので、単純な味覚に慣れてしまった人には伝わりづらいかもしれません。万人受けする食材ではありませんが、好きな人には唯一無二の存在です。
とはいえ、「聞いたことはあるけれど食べたことはない」という人も多いホヤ。しかも、ホヤは臭いという誤ったイメージだけは伝わっていて、わざわざ食べなくてもいいや、と思う人もいるはずです。
「関東の人は居酒屋などで食べてひどい目にあった。関西の人はそもそも食べたことがないという人が多い」と言うのは、ホヤの普及活動に励む佐藤文行さん(ほやほや屋)。
「パクチーのように好きな人はとことん好きというのがホヤです。なにも、まずいものを東北復興支援のために我慢して食べろというわけではありません」
冷凍しても味は落ちない
地元のホヤ好きですら、ホヤを誤解していると佐藤さんは言います。
「夏の食べ物というイメージが強く、秋になると見向きもしません。ホヤは冷凍解凍すると味が落ちるという思い込みも強い。私はナマ原理主義者と呼んでいますが、地元ほどナマ原理主義者が多い。いわば抵抗勢力(笑)。
でも、冷凍するとむしろ甘味が増して美味しくなるのです。一番状態のよいときに収獲して冷凍しておけば、周年、食材として使えるのです」
佐藤さんは旬の7月に1年分のホヤを仕入れています。仕入れたホヤは瞬時に処理し、剥き身にして急速冷凍します。こうすることで、味、食感、香り、歩留まりがまるで違うのだとか。
より多くの人にホヤを食べてもらうには、どうすればいいのでしょうか。
ホヤは加熱しても美味しい
「ホヤ好きを増やすことも大切ですが、好きな人がこれまでの5倍ホヤを食べるようにするほうが、はるかに簡単です。でも、いくら好きでも生の状態で5倍食べるのは難しいですよね」(佐藤さん)
ホヤの需要拡大を妨げているもうひとつの思い込みが「ホヤは生に限る。加熱したら美味しくない」という先入観。これも打破しなくてはと佐藤さんは考えています。
「カキも生ガキは苦手でもカキフライは大好きという人はいます。そして、カキにはカキグラタン、カキ鍋などいろいろなメニューがあります。その手のメニューがホヤにないだけ。シーズンオフには生食以外で食べてもらうこと。それには簡単で美味しいメニューを浸透させるのが一番です」
なぜ佐藤さんはホヤの普及活動にここまで熱心にかかわることになったのでしょうか。
「私は塩竈のかまぼこの製造業者でした。販路が断たれて大量に余ったホヤを練り製品に使えないか、と漁協から相談されたのが始まりです。試作を重ねましたが、ホヤは練り物には向いていない。そこで発想を変え、むしろ全く新しいホヤ料理を提案すべきではないかと思い、地元の塩竈にホヤ専門店を開店しました」
新メニューで広がるホヤの魅力
試行錯誤を重ねて生まれたのがホヤの唐揚げ「ほや唐」です。ホヤ自体の旨みが強いので、鶏肉のように調味液に浸して下味をつける必要がありません。片栗粉をまぶして揚げるだけでいい。生のホヤは揚げると破裂して油が飛ぶので、唐揚げには向いておらず、冷凍解凍したホヤだからこそ可能なのだとか。
冬にオススメなのが、昆布を浸した鍋に解凍したホヤをさっと通してポン酢で味わう「ホヤしゃぶ」です。湯にくぐらせる回数で食感や味が変化するので、しゃぶしゃぶするのが楽しいうえに、ホヤから出汁が出るので、あとの雑炊がこれまた絶品です。
ホヤを使った新しいメニュー作りの輪は急速に広がりつつあります。ホヤの美味しさを知ってもらい、宮城県の新しい名物として定着させ、消費を拡大していくために、県内の飲食店が協力して「ほやフェア」や「ほやナイト」を開催し、様々なオリジナルメニューが考案されています。
新メニューは天ぷらや茶碗蒸しといった和食だけにとどまりません。中華はもとより、チーズやトマト、オリーブオイルとの相性もよいので、フレンチやイタリアンのシェフも、ホヤの素材としての面白さに惚れ込んで、オリジナルレシピを開発しています。
「仙台の2大名物といえば〈牛タン〉と〈笹かま〉です。しかし、牛タンはほとんどがアメリカやオーストラリア産ですし、笹かまの原料となるスケトウダラといえばアラスカ産。しかし、ホヤは地元宮城産で100%まかなえます。仙台の新名物になるだけのポテンシャルをホヤは持っているのです」(佐藤さん)
次に宮城県に行くことがあったら、ぜひホヤを味わってみてください。いや、どんな風に料理されているのか、ホヤの新メニューを食べに宮城県へ行こうじゃありませんか。
ホヤはお好き?
ホヤはお好き?
見かけによらずホヤはとてもヒトに近い生物です。そして甘み・苦み・酸味・塩味・うまみがまじった複雑な味わいは、高級ワインに近いともいわれます。いま、ホヤは一部の食通が知る海の珍味からの脱皮を図ろうとしています。